現在、私にはパパがいない。
パパ、とキーボードで文字を打つことすら怖くて指が震えるので父、と書かせていただく。昔は多分パパと呼んでいたと思うがパパと書くほど今、私の中で現実味がある人ではない。

私の父は私を愛してはいないけど、優しい人だった

私の父は優しい人だった。でも一緒にお風呂に入った記憶やご飯を食べた記憶、お出かけをした記憶というものは一切無い。父はいつも父の部屋にいてps2でゲームをしてるか寝ているかだった。私はその部屋に入って、父のゲーム中の横顔を見るのが好きだった。タバコの煙で私がむせると、ペットボトルを渡してくれた。眠たくなってあくびをすると、片手で毛布をかけてくれた。私の父は私を愛してはいないけど、優しい人だった。そしていつもどこか寂しそうだった。そう見えたのは、私がいつも寂しかったからかもしれないけれど。

父は私が小学校に上がった日、私の元を去った。入学祝いにしては幼すぎるおもちゃと「おめでとう」をくれた。その場に流れる空気の異変に気付いて伸ばした私の手を、父は一瞬だけ握って離した。涙も「さよなら」もない別れは、酷くぼんやりとしたものだった。私が毎晩見ていたタバコの煙越しの父は、まぼろしだったのでは。そう考えてしまうくらいに、きれいさっぱり父は消えた。

何度も言うが、父は優しい人だった。だから私に暴力を振るったりはしなかった。ただ母の事は一度だけ殴ったし、喧嘩は毎日のようにしていた。私も一発くらい殴られてたら、父を恨めたのかもしれない。父は私に興味も愛情も抱いていなかったから、優しかった。私の身体は綺麗なままなのに、そんな毎日に心だけがジュクジュクと膿んだ。

父のトラウマは煙のように私の身体にまとわりついて離れない

「私の大切な人はいつか私の手を離して去っていく」という激しいトラウマと静かな寂しさをジュクジュクした胸の奥に抱えて、私は生きてきた。私のトラウマ具合は悲惨で、夕方に家に帰ってくる予定の母がなかなか帰って来なかったりすると不安でたまらなくなる。連絡が取れなくなったりした時は最悪で、部屋の隅で泣き出してしまったりもする。もう帰って来ないのかもしれない。父が急にいなくなっちゃった時みたいに。

小学校、中学校、高校、クラスメイト同士で家族の話になると私は決まってその場を離れた。明日の天気や昨日の晩ご飯について話すような表情で、家族について話せるのが私にはとても羨ましい。「お父さんマジ嫌いなんだよねー」と笑顔で話す友人の心境は多分、一生わからない。

私は常に愛情不足で、恋人や親友には父から貰うはずだった分の愛情までを望んでしまう。信頼していた人が私の手を離すと、父の存在がフラッシュバックする。私を捨てないで。私を離さないで。父自体はとっくのとうに消えたのに、父のトラウマは煙のように私の身体にまとわりついて離れない。

いつか父に会った時に私の言葉達で一発殴れるように

このままでは良くない、と思った。父の部屋で父のゲーム姿を眺めていた記憶が、長年のトラウマや寂しさで脚色されて、ps2で殴られてました、とかに脳内変換され始めたら嫌だと思った。父の煙に飲み込まれたくはない。でも忘れたくはない。父に貰った喜びも悲しみも怒りも、全部そのまま正しく覚えていたい。そしていつか父に会った時

パパ、私こんなエッセイを書いてるんだー

と私の言葉達で一発殴れるように、今はここに淡々と記しておく。いくら嘆こうとも、父が私を愛してくれることなんてこれからもない。私にとって今、本当に大切にするべきなのはきっと''手を握らなくても気持ちはずっと離れないでそばにいてくれる人''と''自分自身''であって、パパではないから。