ショートヘアが苦手だった。母の話を聞くまでは。

私がこれまでの人生の中でショートヘアにしたのは、小学校低学年の頃が最初で最後。久しぶりに会った親戚のおじさんに、「髪がすっきりしたな!男の子みたいだぞ!」と笑われたのがショックで、「もう二度とショートヘアにしない」と心に誓った。そこから約20年間、私の髪型はずっとロングヘアだ。

母になった私を苦しめた長い髪

そんな私がこの春、母親になった。

妊娠中は、子どもが産まれてもヘアセットもメイクもファッションもきちんとしたキレイなお母さんでいようと、産後の生活を楽しみにしていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。初めての育児に奮闘する毎日。子どもの泣き声に呼ばれ、産前はあんなに時間をかけていたスキンケアもメイクも一瞬で終わってしまう。ファッションは汚れても良くて動きやすいもの重視。そんな自分の思い通りにいかないことばかりの中で一番私を苦しめたのは、自分の長い髪の毛だった。寝不足だから早く眠りたいのになかなか終わらないドライヤー、子どもが髪の毛を掴んで引っ張る痛さ、ケアはもちろんアレンジをする暇もなく、ぼさぼさの髪をいつも一つ結びにしているしかないというもどかしさに、頭を掻きむしりたくなるほどのいらだちを覚えていった。

久しぶりに帰った実家で、母にそんな不満をこぼしていると、母は笑いながら言った。

「私もあなたを産んだばかりの頃は同じことを思っていたよ。だけど、もう産む前には戻れないんだって諦めがついて、ずっと長かった髪の毛を切ったの。切ったばかりの頃は鏡を見るたびに悲しくなったけど、だんだんこの髪型が好きになっていったの。子どもと過ごす毎日がすごく楽しくて充実していたからね。『お母さん』になるって大変だけど、悪いことばかりじゃないよ」

初めて聞く話だった。母がずっとショートヘアなのにはそんな理由があったのかと驚いた。そこでふと、私が小学生の時ショートヘアにしたのは、いつも元気で優しい、大好きな母のようになりたいと思ったからだったことを思い出した。――私も、もう『お母さん』なんだ。

もう出産前に戻りたいとは思わない

その数日後、子どもを母に預け、私は馴染みの美容院の扉を開けた。「今日もいつも通りで良い?」と尋ねてきた美容師さんに、はっきりとした口調でこう伝えた。

「バッサリ切ってください。ショートヘアにしたいんです」

鏡に映る髪の短い自分の姿は、まだ見慣れない。だけど、髪の毛の量に比例して私の心はとても軽く晴れやかになった。あの長い髪は、「出産前に戻りたい」という私の未練の象徴だったのだと思う。今では、もう出産前に戻りたいとは思わない。

髪型を変えたことで、今まで知らなかった新しい発見があったからだ。ヒールやスカートが好きだったけど、髪型に合わせたカジュアルなファッションも意外と周りに好評なこと。ファッションに合わせて、シンプルなメイクが似合うようになったこと。そして一番大きな発見は、実は主人がショートヘアの方が好きだということ。「実は…」と照れながらショートヘアが好きだと告白する夫。「だから、可愛くなったね。」とほほ笑む夫を「『可愛くなった』ってことは今までは可愛くなかったってこと?」などと笑いながら茶化したが、久しぶりに言われた「可愛い」という言葉が、涙が出そうなほど嬉しかった。

母になるまでは、好きな人のためやファッションのため以外に髪型を変えるワケができるなんて思いもしなかった。子供のために髪型を変えなきゃいけないなんて、女ってなんて大変なんだろう。

しかし、頬のあたりで揺れる毛先のくすぐったさと愛しい我が子の顔を見るだけで、毎日こんなにも笑顔になれるのだから、この髪型の自分も悪くないなと思う。