母はわたしが生まれてすぐに離婚した。
今の世の中、こういうことはそう珍しくはない。
その後、母は再婚し、新しく子どもができるわけでもなく”パパとママとわたし”という家族でここまでやってきた。
父はわたしと母のことを大事にしてくれる。これは今も昔も変わっていない。
でも、本当の父の存在がわたしの中に心の澱として残っていた。
両親の離婚を経験した人なんていっぱいいて、わたしなんか特別じゃないのに。
可哀そうとは思わないけど、囚われている自分にずっとモヤモヤしてきた。
本当の父の記憶は一つもない。でも存在が、心の澱として残っていた
わたしの中には本当の父の記憶なんて一つもない。
それでも、父についてわかっていることがある。
名前と顔。あと、母から聞いた父に関すること少し。
名前は、母の実家に残っていた何かの大事な書類をこっそり見たときに知った。
その名前をネットで検索したら、Facebookのアカウントが引っかかった。
プロフィールを見てみると出身地と職業が合致したから、多分この人だろうと踏んだ。
「この人がお父さんかあ。あんまり好みの顔じゃないなあ。」
と特別感動するわけでもなく、ふーんってかんじ。
こんなにあっさり顔を知ることができて拍子抜けしたというか、なんというか。
わたしは昔から母に似ていると言われてきたけど、父とは目元が似てるなあと思った。
うっすら線の入った一重で、笑ったときの目がわたしのものとそっくりだった。
今では他人だけど、
「ああ。この人と血繋がってんだなあ。」
と思ってしまった。
離婚の理由が知りたくて。もし離婚していなかったら…?
母から聞いた父に関することは、
どこで出会ったのか。
絵が好きで、芸術系の高校を卒業したこと。
父のお母さん、つまりわたしの祖母は聡明な人だったこと。
その祖母が好きだった美術家の名前。
そして、”なんで離婚したのか”ということ。
これを知ったのはつい最近。
初めて尋ねたのはかなり前で、そのときは答えを濁された。
なんかあるなと感じた。
それから、おばあちゃんや伯母さんに尋ねても、夫婦間のことだから知らないと言われた。いやいやいや、そりゃないぜ。
なんでこんなにも知りたかったのか。
もし両親が離婚しなかったらどうなっていたのか、と考えたことがある。
高校生のとき両親と衝突してばかりで、ある日の喧嘩中に母からこんなことを言われた。
「そういうダメなとこ、ほんとアイツにそっくりやわ。」
つり上がった目でそう言われた。
わたしはかなり傷ついた。
似てるって思うことは悪くないというか、しょうがないと思う。
だって、一応血は繋がってるから。
でも、それを娘に伝えるのはいかがなものだろうか。
ネガティブな理由で別れた夫の悪いところが似てるって言われても、わたしは悲しいだけ。
母はこんなことなんて覚えてないと思う。
高校生のときは、両親はわたしのことをわかろうとしてくれていないと感じていたし、わたしも両親のことがわからなかった。
だから、本当の父だったら共感し合える部分があるかもしれない、と思ったことが何度もあった。
離婚の原因は母にあったのではないかと考えてしまうこともあった。
それからずっと、普段はなんてことないけど、ふとしたときにスッと灰色のもやがわたしを覆うようになった。
大学生になって、母がついに教えてくれた。澱が洗い流された
大学進学のため親元から離れた今、両親との関係はとても改善されたと思う。
前だったら絶対に触れなかったであろう込み入った話もできるようになった。
そしてついにこの前、意味深な雰囲気を出しながら母に尋ねたら、教えてくれた。
父は、わたしと母を置いて元カノの家に転がり込んだらしい。
元カノのことがまだ好きだったのだそうだ。
更に、あまり家には帰らず飲み歩いてばかりの人だったということも聞いた。
想像していたものと逆方向の答えが返ってきた。
これを聞いたとき、心に溜まっていたものが洗い流されるような気持ちになった。
離婚理由をちゃんと聞けたのもあるけど、なにより離婚した相手がどうしようもない人だったと知れたから。
「元カノのことまだ好きだったら違う女なんかと結婚すんなよ。」
「未練たらたらで他の女と結婚した結果がこれかよ。」
「てか、いくら元カノに未練あっても家庭もったら腹くくれよ。」
抱えていた気持ちなんてどうでもいいくらい、正当な離婚だった。
これで、今までの辛かった数々の思い出を、素直に”パパとママとわたし”の家族の歴史としてみることができると思った。
わたしを縛っていた本当の父の存在が成仏した瞬間だった。