緊急避妊薬を薬局でも。「必要です」SNSの一言で、社会は変わり始める
ニュースの最前線にいる朝日新聞記者が、かがみよかがみの読者に届けたいニュース、取材後記をお届けします。今回は、緊急避妊薬の取材をしている社会部の伊木緑記者です。「自分のからだに関することは自分で決める――。そんなあたりまえのことを勝ち取るまでもうひとがんばり、声をあげ続けるしかない」と綴っています。
ニュースの最前線にいる朝日新聞記者が、かがみよかがみの読者に届けたいニュース、取材後記をお届けします。今回は、緊急避妊薬の取材をしている社会部の伊木緑記者です。「自分のからだに関することは自分で決める――。そんなあたりまえのことを勝ち取るまでもうひとがんばり、声をあげ続けるしかない」と綴っています。
“緊急避妊薬は、性交から72時間以内に服用すれば高い確率で妊娠を避けられるとされ、90カ国以上で処方箋(せん)なしで入手できる。しかし、日本では「安易な性行為を増やしかねない」などの理由で市販化が見送られてきた。早く飲むほど効果が高いが、医師の診察と処方が必要で、地方や週末では受診が難しく、心理的な壁もある。”
セックスから72時間以内に服用すれば高い確率で妊娠を避けられる緊急避妊薬(アフターピル)。薬局で買えるようになる道筋がようやく少しだけ、見えてきた。突き動かしたのは、女性たちの切実な声だ。
約90カ国で処方箋なしで入手できるのに、日本では医師の診察と処方箋が必要。早く飲むほど効果があるのに、地方や週末は受診が難しい。そもそも扱っている医療機関は限られている。海外では数百円~数千円、無料でもらえる国まであるのに、日本は約6千~2万円もかかる。
さらに、産婦人科受診への抵抗感、避妊失敗の経緯や性被害について医師に話さなければならない苦痛……。なぜ日本の女性ばかりがこんな苦労を強いられるのだろう。
2017年、厚生労働省の検討会で市販化が議論されたが、「欧米に比べて性教育が遅れており、女性のリテラシーが不十分」「転売などの悪用の恐れがある」などと見送られた。19年にもオンライン診療の指針を見直す検討会でも話し合われたが、賛否が割れた。オンラインで診療できる対象を、性被害などで受診に心理的負担がある、または受診できる医療機関が近隣にない人などに限ったほか、避妊が成功したか確認するため約3週間後に対面での受診を約束させる、転売を避けるために薬剤師の面前で内服させるなど、次々と条件がつけられた。委員は12人のうち女性が1人だけだった。その後、現在は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う特例的措置によって、条件を満たしていなくても医師の判断でオンライン診療できることになっている。
「当事者目線での議論がされていない」。若者の性の問題に取り組むNPO法人「ピルコン」の染矢明日香さん(35)、学生時代から全国の学校などで性教育をしてきた産婦人科医の遠見才希子さん(36)、世界の避妊法について発信する「#なんでないのプロジェクト」の福田和子さん(25)が立ち上がり、6月に「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」を設立。25の市民活動団体が賛同した要望書を携え、日本産婦人科医会などとの面談へと奔走した。「ピルコン」が18年に集め始めた署名は、10月に10万筆を超え、厚労相や男女共同参画相に提出した。
同じ頃、内閣府が中心となって今後5年間のジェンダー平等へのとりくみをまとめる男女共同参画基本計画の第5次計画が決まるのを前に、「若者の声を届けよう」という動きが加速していた。「#男女共同参画ってなんですか」という団体が立ち上がり、「ピルコン」を含む32の個人や団体も賛同。第5次計画への意見を送るよう呼びかけた。30歳未満の若者から集まった1千件あまりの意見を提言としてまとめた。意見には、緊急避妊薬の市販化を求める声も多く含まれていた。
こうした活動が実り、25日に閣議決定された第5次計画には、緊急避妊薬の市販化に向けた検討についても盛り込まれた。染矢さんは「皆さんの声が政府を動かしたことに胸が熱くなった」。
ただし、まだ課題はある。薬剤師の目の前で内服するという条件だ。転売などの悪用を防ぐためだが、避妊に失敗したことへの罰を与えられているように感じる女性もいるはずだ。染矢さんは「女性を信用せず、心理的負担や二次被害にもつながるもので、当事者の目線に立った制度設計に課題が残る」。
最近も日本産婦人科医会や日本産婦人科学会の幹部が市販化への懸念を表明するなど、いまも根強い慎重論がくすぶる。産婦人科医の遠見さんは一つひとつ説明し、理解を求める。
「市販化の前に性教育だ」という意見に対しては、「緊急避妊薬の存在は知っていたけれど受診できなかったという高校生もいた。性教育と薬へのアクセス改善は両輪で進めるべきだ」と指摘。「緊急避妊を安易に繰り返す人もいるのでは」には、「繰り返し使用しても健康上のリスクはない」と世界保健機関(WHO)が明らかにしていること、そして、「医師はその人の人生の一部しか知り得ないのに、それが安易な緊急避妊なのか、そうでないのかをジャッジすることはできない」と訴える。
遠見さんが特に強く訴えるのは、「パターナリズム医療からの脱却」。パターナリズムとは、強い立場にある人が弱い立場にある人の行動について、本人の利益になるからとその人の意志を無視して干渉することを意味する。
緊急避妊薬が欲しいなら病院に来ればいい、転売しないように目の前で飲ませるべきだ、女性にはリテラシーが足りない、安易に使おうとする女性には指導が必要――。緊急避妊薬をめぐる懸念の多くは、女性を管理下に置こうとする、支配的な姿勢を感じさせるものだ。
遠見さんは「病院で待っているだけではそこにたどり着けない人を救えない。女性の健康や権利を最優先に考え、全ての女性が迅速かつ安全にアクセスできるシステムを整えるべきです」。
新型コロナウイルス禍で、緊急避妊薬のニーズはより高まっている。ピルコンに寄せられるメールでは、全国一斉休校となった3月以降、10代からの妊娠や避妊に関する相談が従来の約4倍に急増した。
また、18年度に日本で行われた人工妊娠中絶は約16万件。このうち20~24歳は約4万件で、1千人のうち13人が経験している計算だ。他の年代に比べて突出している。
日本ではいまもコンドームが避妊法の主流で、2番目に多いのは避妊効果が見込めない「膣外射精」。いずれも男性に主導権がある。
かたや諸外国では近年、長期間にわたって避妊効果が得られる子宮内避妊具やマッチ棒くらいのスティックを女性の腕に埋め込む皮下インプラント、注射など、女性が主体となって選べる避妊法が普及するなど、どんどん前進している。思い起こせば日本は、1999年の低用量ピルの承認も、世界から約40年遅れていた。今回もまた、世界から取り残されている。
緊急避妊薬の市販化を求める訴えは、ひとまず政府に届いた。だがこれはまだ最初の一歩。市販化が認められるには、今後も厚労省による検討などのハードルがある。
自分のからだに関することは自分で決める――。そんなあたりまえのことを勝ち取るまでもうひとがんばり。「必要です」と、SNSにつぶやいたその一言だけでも誰かの目にきっと届くはずだ。
女性の健康と人生と、「自分のことを自分で決める権利」を尊重する社会を実現できますように。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。