「私が」「俺が」から「私たち家族が」へ。家族というチームへの思い

名字について思う事。それは、個ではなく家族というチームに属すという事。
今はそう思う。
2018年の春、4年付き合っていた外国籍の彼と入籍した。知らない人もいるかもしれないが、外国籍のパートナーと入籍した場合は夫婦別姓も選択できる。何となく夫婦別姓賛成派だったし、名字変更後の様々な手続きの面倒を回避したい理由から、夫婦別姓を選択した。
ちなみに私の元の名字は、全国的にもどちらかというと珍しい方だと思う。ウェブで検索してみたところ、日本中に730人ほどしかいないらしい。
縁起もよさそうな名前だったので、実はなかなか気に入っていた。
そして2024年現在、私はカタカナ(アルファベット)の名字を名乗っている。
気に入っていた名字から夫の名字となったきっかけは、妊娠だった。
日本では戸籍の制度上、生まれた子は日本国籍保有者の名字となる。つまり3人家族の内、娘と私が同じ名字で夫だけ別名字になるという事だ。娘が夫と同じ名字を名乗るためには、家裁で私の名字変更の申し立てをしなければならない。
文頭で分かる通り、私は非常に面倒くさがりだ。娘がお腹にいる身重な状況で裁判所へ申し立て、そしてその後の名字変更に関する手続きを考えると、この上なく面倒な事案に間違いなかった。
それでも、家族皆で同じ名字を名乗りたいと思った。
”野原家”、”野原ファミリー”みたいに、私たち3人を一括りに呼べるようになりたい。
そう思った(野原は、私が子どもの頃から好きなクレヨンしんちゃんから)。
それは、日本でまだ夫婦別姓が認められてなくて、周りに実例がほとんど居なかったからかもしれない。私も家族全員同姓の家庭で育ったからかもしれない。
文化的背景が色濃くあっただろうにせよ、”同じ名字を名乗ることで、家族としての一体感が生まれる”と私は強く思ったのだ。
その思いが、面倒な家裁の申し立てをしてまで夫の名字を名乗ることへ、私を突き動かした。
このエッセイを書くにあたって、日本の文化的な面以外に何が私の心境に影響をもたらしたのか掘り下げて考えてみたところ、一つ思い当たるエピソードがあった。
夫の生まれ育った国では、夫婦別姓が一般的になっている。夫の両親に至っては事実婚なので、名字はもちろん別姓だ。義両親らと話しをすると、事あるごとに”私たちRossiは~”。”僕たちFerrariは~”のような言い回しを耳にする。これを聞いた時、元の家族との結びつきの方が強いように私は感じた。言い方を変えるなら、元の家族にまだ属しているような感じがしてならないのだ。
私たちは両親の築いた家族の中で育ち、自立し(つまり、個となり)、そして自分自信の家族を新たに築く。そういうものなのではないだろうか。
結婚当初、私たちは夫婦別姓だった。振り返ると、まだ家族として一つになりきれて無かったように思う。「私が」「俺が」となることが多かったが、今では「私たち家族にとって」と意見を出し合う。自分を大事にすることは良い事だが、個であり続ける事はチームとしての機能を難しくする。
子どもの有無が大きく影響していることは間違いないが、家族を築くために一つのチームとして同じ名前を持つことは非常に有効だと今では疑わない。そんな私の考えは、若い世代だけでなく、上の世代からもオールドスクールと思われるだろう。
でも、どんなサッカーチームでもチーム名はあるし、会社にも社名がある。
昨今、夫婦別姓についてよく議論されている。
選択がある事は特段悪いことでは無いと思うが、選択肢が生まれると共に新しい家族の形、家族像へ変化していく事も必然と考える。
名字が違うからって、従来の家族というものが変わるわけじゃない。と思う人もいるだろうが、私はそう思わない。
何かが変われば、多かれ少なかれその結果も変わってくる。我々は家族というものに何を望むのか、家族とは何なのか、改めて考える必要があるのかもしれない。
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