私は大抵他人に優しい。偽善だと言われようと、私の手の届く範囲の人が苦しくて泣いていたら走っていって、必要ならばタオルを、毛布を、温かいスープを、甘い匂いのスコーンを用意して話を聞く。時に話を聞いている私が涙目になってしまうダメダメさだけど、私は私がそうされたら嬉しいからそうする。一人でなんとかしたいという子には、いつでも遠慮なくドアを叩いて、と伝える。その時が来たら「いらっしゃい、お疲れ様、ご飯用意してあるよ、食べよ」と万全の状態で迎えられるように。
私は曲線の多い顔で、童顔。似合う服もふわふわしたシフォンのスカートに淡いパステルカラーのラベンダーやピンク。ワンピース姿でライブハウスに遊びに行った時は「結婚式帰り?」と聞かれ、たまたまスキニーデニムにカーディガンで行くと「OLの先輩の私服を垣間見た感じ」と言われる、可憐で清楚で優しいイメージを持たれていた。
なのでそんな私が煙草を吸っていたら「え!?煙草吸うんですか!?そんなに色白美肌で!?」と驚かれた。
今は、私の雰囲気に似合う、私の顔面や体型の種類に似合う服装がこれだと分かっているからそれを好んで着ていたのだが、大学生の時はそうではなかった。
ビジュアル形バンドを追っかけ、ファンサイトで夢小説をアップし、隠れ入口を作ってBL小説もアップしていた超猛者である。ライブに行けば「生きる苦しみ」だとか「贖いは必然」とか、延々と「嫌い」が続く曲で一心不乱に頭を振っていた。そんな頃は真っ黒な髪に赤メッシュを入れ、眉毛を薄く刈り、アイメイクは黒とシルバーと赤を駆使してゴテゴテにしていた。赤メッシュが色落ちしてからは、嫌なことがあればスーパーで毛染めを買い、その夜に髪を泡泡にして、ラップを巻いてタオルを巻いて、オレンジ色になるくらい明るく染めていた。
でも今は毛先までコテで綺麗なカールを作り「お姉さん」を楽しく纏っていた。私に似合う髪型と服とメイク。誰もが「似合う、イメージとぴったり!」と褒めてくれる「お姉さん」でいた。それが社会的信用になるし、初対面でも相手の懐に入っていきやすい自分のスタイルだと知っていたからだ。
おかげでライブハウスで出会った知り合いはいつしか友達になり、恋愛相談をするまでになり、お泊まりをしたり飲み明かしたりするような仲にまでなった。
「格好良い女」に憧れ
でも本当は、私は「格好良い女」に憧れていた。
細身の黒スキニーが似合う真っ赤な口紅を塗って、誰も真似出来ない髪色にして、男顔負けの格好良い女になりたかった。「お姉さん」より「お姉様」のような人になりたかった。
社会人をしていたらそんなことなかなか出来ない。表に出ない事務であっても流石に黒、ブラウン以外のカラーリングはアウトだろう。ましてや私はサービス業やら接客業を得意としていたから尚更だ。
地味に溜まっていくそのフラストレーションは先日、ウエディングプランナーを辞めた際に爆発した。
もう8年くらいお世話になっているヘアサロンで、毎回「いつものおまかせカラー!」と笑顔で一言言っていた私は、真剣な面持ちで「今回のテーマは格好良い女!グラデーションとかインナーカラーでシルバーか青を入れたいの」とベテランスタイリストさんに伝えた。彼女は「うーん」と口を尖らせ眉間にシワを寄せ、「でもね、あなたの髪はね、ブリーチすると溶けるのよ」
髪が溶けるってなんだと思うけど、多分私のこの細くて乾燥しがちな癖っ毛猫っ毛は彼女の言う通り溶けるのだろう。
8年も触ってもらってきた髪の専門家だ、私に言い返す余地はない。
正直シュンとした。やはり私は「お姉さん」として30歳になってもずっとそのスタイルでいくしかないのだと。キャリアにも家庭にも振れないふわふわした軸のないスタイルで、ニコニコ他人の懐に入り込める長所のみで生きていかねばならんのだと思った。
「でもね、エクステ付けたらいいのよ、好きな色綺麗に入れれるし、髪傷めないから次のカラーも綺麗に入れれるし!どう!?」
私のがっかり具合が相当だったからなのか、彼女は私が思ってもない提案をしてくれた。その日着ていたワンピースは今までの私では絶対選ばなかった、ペイズリー総柄の青い個性的なワンピース。一目惚れをした買ったものだった。
「エクステ、付けてください、シルバーのやつ!」
スタイリストさんは満面の笑みだった。
髪、メイク、服がかなえてくれる
私は人生初のエクステの絡まりに困惑しながらも何枚も自撮りを撮った。格好良い自分。強い自分。今までとは違う自分。可能性が見えた気がした。
チラチラ見えるシルバーのエクステがついてても「結婚式帰り」みたいなワンピースは着たし、苦しんでる子に相変わらずお節介を焼いてDM送ったりLINE送ったりしてたけど、ある意味私は示したかったのだと思う。
「私はこうなんだ」って納得してて好き好んでしていることも、時々「あああっ」てめちゃくちゃにしたくなる時があって、それを叶えてくれるのがまず髪でまずメイクで服だと。形から入る心地良さと、次第に力が湧くこの感じ。いつだってそれは簡単に出来るんだよ、と。
私の30歳目前のはっちゃけエクステ月間はもう直ぐ終わる。インスタのDMでスタイリストさんに「やっぱり赤とかのグラデーションが憧れるの!」と相談しては「乾燥具合によるかなー!」と困らせつつ今年最後のエアサロンの予約をした。
次はどんな風に自分をプロデュースしようか。
ドキドキとワクワクと、8年も私の愚痴や恋話やダイエット話についてきてくれるスタイリストさんには感謝しかないが、その遍歴も楽しくて母みたいな気持ちになる!と言われる。
30歳は怖くない。寂しさはちょっとあるけど怖くない。もっときっと知らない楽しみ方がある。
持病の関係で、恐らく健康的に好き勝手に生活出来る寿命は40歳までだろうと思っている私が、髪色髪型、それだけで寿命を伸ばすかもしれない。それも人間の「私はこうである」「私はこうでありたい」という欲求の中に、「いつでもぶっ飛べる」というスパイスがあるのだと思う。
私の孤高の美学・哲学がいつか変わるかもしれない。何者にも脅かされず、スッと自然に変わるかもしれない。でも変わらないかもしれない。
30代の10年間で何が出来るか楽しみで仕方がない。
だから自分との戦いや長旅から帰ってきて戸を叩いてくれた人が、「えっ、どうしたの!?」と笑顔になるように、私は色んな外見もバージョンアップしていきたいと思う。
楽しみにして、戸を叩いてね。笑顔はそのままに、外見はちょっと変わってぶっ飛んでるかもだけど、いつでもお立ち寄りお待ちしております。
貴方の人生の宿屋より。