「まいちゃんのお父さんはね、本当はね他にいるの」
まいちゃん何食べたいの、まるでそんな口調で何気なく口にしたママ。そのとき私は小学校6年生だった。5月下旬の夜、ママと近所のうどん屋さんに食べにいった帰り道だった。夜気はまだ冬の名残を保っていて少々肌寒かったことを記憶している。
心もとない街灯の下で告白されたママの抱えていた秘密は、しかしあたしをさほど驚かせはしなかった。なので、へー、とだけうなく感じで肩をすくめてみせた。ママの横顔はとても綺麗に稜線を描き、あああたしって父親似だったんだな、という変な確信を持った。
私は誰にも似ていないといわれて育ってきた。けれど「ママのお父さん、っと、まいちゃんからみてね、おじいちゃんなんだけれどね、うん、おじいちゃんに似てるよ」そんな風に話してやり過ごしてきた。おじいちゃん。つまりママの父親はとっくに亡くなっていたし、ママ自身も父親の顔をあまり知らないといっていた。
ママは相当な覚悟で私を産んだのだ
ママは何かの罪を自白するように淡々とあたしの本当のパパだろう人の話をし始めた。
「あのね、これだけははっきりというけれど、まいちゃんのお父さんだった人のことね、今でも愛してるの。好きだし忘れることなど出来ない」そう話すママの顔は乙女にもどっていて、まるであたしの分身でも見ているようだった。ママはさらに続ける。「けれどね、その人には家庭があったから。だからママは身勝手だけれどまいちゃんを欲しいってねだったんだ」
私は何もいえずただママの顔をじっと見つめていた。ママは相当な覚悟で私を産んだのだ。今のお父さんの他に父親がいるなんて全く信じられない。狐に摘まれた感じだった。ママはとにかく私を私の全てを可愛がったし今もかなり過保護でかわいがってくれている。
ママが本当に愛した人の子供ならそれだけで十分
生まれた生い立ちのことで幼いながらにも悩んだ時期もあったけれど、ママが本当に愛した人の子供ならそれだけで十分だし、本当のお父さんに会いたいとは思わない。強がりとかでもない。だってそれは私の運命だったのだから。
今は高校を卒業して税理士事務所で働いている。商業高校だったのが幸いして税理士の夢の切符を掴み取ったのだ。
「まいちゃんのお父さんはね、税理士さんなんだ」
偶然なのか必然なのかはわからない。私は今あったこともない本当のお父さんと一緒の仕事についている。
私とママは一生この秘密を抱えながら生きていく。共有の秘密を。