高校1年生の夏、人生の光を失った。でもまた灯すことが出来た。

小さな時から音楽が大好きでピアノと声楽を習い地元のイベントで歌ったりコンテストに出場したりしていました。

音楽系の高校を母にすすめられましたが姉が卒業していたからという理由で県内の進学校へ入学。今思えばたくさん母に褒められているように見えた姉に負けたくなかったんでしょうね。音楽は趣味にして勉強を頑張ろうと決意してました。

他者から音楽で認められて、嬉しかった。でも、何かが足りなかった

しかし夏休みが始まった7月の後半、突然母が他界しました。

そこから精神的につらくて体調も崩し高校に通えなくなり心療内科へ通院するように。そして休学。今までの人生を支えてくれた音楽に縋りたかった。休学中16歳の冬、歌手になりたい夢が爆発して東京都内の事務所の所属オーディションを受け、三次審査まで進み合格しました。

事務所の担当の方から「地元に住んだまま通っても良いが出来れば東京に引っ越してきて欲しい」と言われました。その時は東京で一人暮らしをしようと心に決めていたんです。

自宅へ帰ってきて東京のアパートを父がたくさん調べてくれました。父は母を亡くし悲しいのに私を支え、夢を尊重してくれました。

でも私は所属を辞退してしまったのです。父に最終面接まで付いてきてもらったのに。

父は怒ることはありませんでした。最後まで「勿体ないんじゃないか?今まで頑張ってきたのを見てきたぞ。」と私を説得してくれました。

私、この時何の為に音楽を頑張ってきたのか全く分からなくなってしまったのです。大好きな音楽で他者から認められたことが嬉しかった、でも何かが足りなかったのです。贅沢ですよね。私の心は真っ暗で空っぽでした。

その「何か」というのは私が母に褒めて、認めて欲しかったことなんだということに気がついたのはそれからしばらく経ってからでした。

母は人生の光だった。勉強も部活も音楽も、何もかも嫌になった

その頃は全ての自分の行動について「何の為に?」と言う声が頭の中でたくさん聞こえました。

自分の頭の中で誰かが勝手に会話をしていました。
「"好きな色はオレンジ"
"お母さんが似合うって言ったからでしょ?"」
「"料理が好き"
"お母さんが栄養士で料理上手、作れば褒めてくれたよね"」
「"勉強を頑張ってた"
"いい点を取ればお母さんが褒めてくれたもんね"」
そうして勉強も部活も音楽も、何もかも嫌になってしまいました。

母が人生の光でした。
光を失い路頭に彷徨いました。

父の勧めで通信制の高校へ転入し、なんとなく居酒屋でバイトをしました。認めて欲しい人が居なくなって生きていることが退屈だった。

人生の転機は、メイド喫茶。人前で歌うことの楽しさと嬉しさを知った

でもふとまた歌いたくなったんです。その時見つけた求人が出来たばかりのメイド喫茶でした。面接でダンスと歌を披露し、面接後から急遽3時間の初お給仕というスピード採用でした。

これが私の人生の転機。

人前で歌うことの楽しさと喜んでもらう嬉しさを知ってしまったんです。コンテストは評価される場所で競い合う場所でした。メイド喫茶は違った、楽しんで貰うために歌い、踊るのです。

そこから私の人生はまた明るくなったのです。人生の光は1つでは無かったのです。

私は母を亡くして、また歌を歌えるようになるまで真っ暗闇で何も見えませんでした。

音楽は私の光です。でも昔みたいに1つの光だけじゃない。今は出会った人々や物事が私の心にたくさんの光を心に灯してくれました。もう光は無くさない。

人生の光は突然奪われるけれど、また灯せるのだと知りました。

16歳の私に伝えてあげたい。
「もう大丈夫だよ」