知ってしまった。
黒目は大きめだと魅力的で、
白目と黒目の理想的な比率は
1:2:1らしいということを。
知ってしまった。
目と目の間隔が一定サイズより長いと
「離れ目」となり、それを解消するには
アイラインやシャドウを駆使し、
距離を感じさせない陰影を施すことを。
知ってしまった。
美人の条件には横顔もばっちり含まれていて、
Eラインと呼ばれる基準があるということを。
知ってしまった。
統計上、最も病気になりにくいとされる
BMI値22「標準体重」は、この国では
やや太り気味な印象を持たれるようで、
美意識の高い女性の間で人気なのは、
もっとBMI値の低い「美容体重」や、
さらに先を行く「モデル体重」らしい。
知ってしまった。
ゆえに、私は美しくないということを。
平成一桁の時代に生まれ、多感な時期の
途中からはスマホが生活の一部と化し、
「知らない方が幸せだった」ような情報に
どっぷりと浸かってきたようだ。
まちに溢れる理想像
いや、スマホが登場する前からも、
すでに始まっていたような気がする。
たとえば、とある日の美容室にて。
手にしたファッション雑誌では、だいたい
小さな顔・大きな目・主張しすぎない鼻の
美しい女の子が、白い歯を見せて笑っている。
(注:歯茎がむき出しになることも無い)
マネキンや人形さながらの華奢で長い手足、
当たり前に生えている豊かな髪の毛、
それを活かしたお洒落なヘアスタイル。
彼女たちと、鏡に映る私。
「ニンゲン」「オンナ」
「ニホンジン」「ヘイセイウマレ」
あれ、おかしいな。
四つも共通項があるはずなのに、
何でこんなに見た目が全く違うんだろう。
いや、ここで諦めたら試合終了。
彼女たちに近づく方法があるかもしれない。
よし、もっと研究してみよう。
『これが正解!春のお手本コーデ特集』
意訳:
ダサく見えるNG例はこれ!
まさか、まだこんな格好する気?!
『夏までに痩せる!筋トレで理想のボディに!』
意訳:
今の体型でビキニを着るなんて、無理。
人目に晒すなんてありえないよ、その太もも。
『目指せ黄金比率!愛され美人顔メイクの極意』
意訳:
はい残念。黄金比率から大きく外れてます。
マシになるには、ここは塗り足せそこは隠せ。
……そっか。今のままの私って、
そんなにダメだったんだ。
美しさに合わせる努力はしたけれど...
いや、ここで諦めたら再び試合終了。
腐る前に、まずは努力の積み重ねだ。
今のままじゃ、ダメだから。
努力しなきゃ、醜いままだから。
だから、ずっと努力してきた。
足りないところを補い、足し、
余分なところを削り、隠して。
そうやって生きてきた結果、
たぶん私はダメには見えにくくなった。
しかし、根っこの部分では
今でもダメな気がしてる。
だって、もう知ってしまったからだ。
スマホから、雑誌から、テレビから、
本から、誰かの心ない一言から得た、
私たちが生きる世界の中での
「可愛さ」「美しさ」のルールを。
ルールを知れたことで、
ダメに見えにくい術を学んだはずなのに、
ルールを知らない頃の方が、
ダメじゃなかった気がする。
知ってしまったおかげで、
生き辛くなった気がする。
美しさのルールを疑おう
ところで、世界も少しずつ変わってきたようだ。
生まれつき素材に恵まれ、
さらに血の滲む努力をした者により
表現されてきた、美のルール。
そのルールの作り手だった、
美の最先端の世界のあちこちから、
最近こんな声が上がってきている。
「あなたのままで美しい」
「多様な美を認め合おう」
「美しさは競うものではない」
……正直、今さら何なんだよとも思う。
こっちはもう、知ってしまったんだよ。
知らなかった頃には戻れないんだよ。
だって、選べるのであれば、
顔は大きいより小さい方が良いし、
目はある程度ぱっちりしていたいし、
鼻は主張し過ぎずシュッとしたいし、
髪は多過ぎても少な過ぎても嫌だし、
手足はスラリと細長いのが良いよ。
そう願う人の方が、結局は多いんじゃないの。
私は、やっぱり今もそう思っちゃうよ。
ただ、少し疑ってみたくもなってきた。
「これまでのルールは、正解じゃないのかも」
「こんなルール、守れなくても良いのかも」
法律や交通ルールじゃないんだから、
守れないことで、誰かを傷つけることもない。
むしろ、守ろうとすればするほど、
自分を傷つけていた。
そんなルールに、これ以上縛られたくないよ。
そして、信じたくなってきた。
「私は、最初からダメじゃなかったのかも」
「もしかしたら、あの子も私も美しいのかも」
知らない方が幸せだったけど、もういい。
知ってしまったうえで、生きるしかない。
そういうわけで、鏡よ鏡、鏡さん。
世界で一番美しいのは、それぞれの「私」
ということで、これからはよろしく頼む。