私は幼い頃から、自分の心の動きを他人に見せないようにするクセがあった。きゅんとしても、感動しても、傷ついても、辛くても。きっとそれは、グレた姉と甘えん坊の末っ子に挟まれた三人姉妹の次女というポジションに生まれたが故の「特徴がないあの子は放っておいても大丈夫」という両親からの意味不明な無言の圧力を受け取って、それに応えるように手のかからない子を自分で演出していたからだろう。今思うと健気で泣けてくる。
そんな私が大人になって人生さぁこれから!という時、長年のクセのせいで抑え込まれていた感情がおできみたいに出現し、そいつに躓いた。いや、躓いただけならまだよかった。行く先々で盛大にずっこけて、気づいたら傷だらけになっていたのである。感情を素直に伝えられない事が、大きな弱点になってしまっていた。

人に想いを伝えることが苦手な私。「送らない手紙を書く」ということ。

私は家が大好きで、家にいる時間をいかに豊かにするかを考えるのが大好きなのだが、そこで思いついたのが「送らない手紙を書く」ということだった。
昔からの厄介なクセが影響して、今でも人に想いを伝えることがとても苦手な私には

言えなかった「好き」
気づいて欲しかった「助けて」
受け取ってもらえなかった「ごめんなさい」

がたくさんあって、心のおできと化した「伝わらなかった想い」を治して前に進むために、伝えたかった本人に直接語りかけるように手紙を書いたのだ。
実際は切手も貼らないし住所も書いていないが、「この手紙を相手に届けるんだ」と言う気持ちになるために宛名や住所を封筒に記入してから本文を書くのも良いかもしれない。

まず手紙を書くにあたって、家でゆっくりできる日を一日確保した。過去の時間軸に身を置くのは、心も身体も想像以上に疲れるだろうと思ったからだ。その次に、お気に入りのボールペンとパチュリの香りのアロマオイル、真っ白な便箋と封筒を用意し、できるだけ心をやわらかくして机に向かった。

未来を誓い合ったのに離れて行ってしまった恋人へ
「本当はまだ、ずっと一緒にいたかったです」

信頼関係に亀裂が入り、決別してしまったかつてのビジネスパートナーへ
「あの時相談できなくてごめんなさい」

私よりも姉と妹に手を焼いていた母へ
「もっと私を見て欲しかったです」

泉に水がこんこんと湧き出てくるように、想いが止まることはなかった。

ペンは止まるどころかどんどん進んだ。泉に水がこんこんと湧き出てくるように、想いが止まることはなかった。目の前にいる相手に話しかけるように書いているからか、絡まった本音がするすると心の内からほどけて行くようだった。
自分はこんなにも色んな思いを我慢して、相手に伝えることができていなかっただなんて。ちょっとだけ自分を責めた。
おかげで私、我慢強い女の子になっちゃったじゃないのよ。たくさんの人が離れて行ってしまった後に気づいたって、もう遅いのよ。
後悔と自己愛が交錯する中で赤裸々に書き上げた”送らない手紙”は一通につき平均して便箋三枚程度にしかならなかった。意外と短い手紙になった。不思議なことに、書いていると荒れ狂った海のような感情が自然と穏やかになってゆくのがわかるのだ。砂糖菓子を舌の上に乗せた瞬間にすぅっと溶けていく感覚。もっとたくさん言いたいことはあったのだろうけれど、過去の想いと向き合うと腹を括った時点で、少し成仏できていたのかもしれない。

大きく腫れ上がっていた私のおできは、”送らない手紙”に姿を変えることで治癒することができるようだ。

社会という激流に、急ブレーキがかかった今、自分の声を拾い集めてみる

伝えたかったことを直接相手に伝えてしまうことが一番手っ取り早く、効率よくすっきりするのかもしれないけれど、私たちは”大人”だ。
社会に身を置いている以上、いきなり人に銃を向けて発砲してはいけないように、想いも全てぶつけていいわけではない。きっとそれは正義ではないし、過去は過去なのだ。
方法を間違えて人間関係をこじらせてしまう前に自己完結できる方法を編み出せたので、また一つおできを作ってしまう前にどうしてもこれを人に伝えたかったのだ。私と同じように、過去のモヤモヤした想いに縛られてしまっているあなたに。

社会という激流に、急ブレーキがかかった今。
一日を必死に処理するだけの日々を少しお休みして、心をほぐす時間の中で聴こえてくる自分の声を拾い集めてみることにする。