男性向けのマスターベーションアイテム「TENGA」や、女性向けのセルフプレジャーアイテム「iroha」をご存じですか? 実物はなくても写真を見たことがある方、多いのではないでしょうか。
これらは株式会社TENGAの製品で、グループ会社では医療や教育と連携して性の悩みをサポートする「TENGAヘルスケア」というブランドも運営しています。
このTENGAグループでの国内PRの統括が、私の仕事です。
小さい頃から本の虫だった私は、TENGAに入社する前、出版社に勤めていました。
本が伝えるすぐれた物語や教養は、無意識に積み上げていたものの見方を解体して再構築し、自分のちっぽけさと世界の広さを教えてくれます。
そんな力を特に感じるのが、「性」に関する分野でした。歴史学や社会学、中でもジェンダーやセクシュアリティに関する本は、性愛に関する現代の「当たり前」が普遍的ではないことを教え、あなたはどうしたいの? と私に問いかけてきました。
(たとえば、性にまつわる“神話”を理知的に小気味よく斬っていく心理学者・小倉千加子さんの『セックス神話解体新書』(ちくま文庫)などです)
本を読んで考え、議論をするのが好きだった私は、「女のくせに生意気だ」とよく言われました。
自分が好きなことをすると、世間が求める「女の子らしさ」にうまく嵌まらず、非難される。そんな私を、ぐっと生きやすくしてくれたのが本でした。
いい本には、人の心に火を灯して、生き方を変えていく力がある。
私も素敵な本を多くの人に届けたい。
出版社で働けるのは、何よりうれしいことだったのです。
「あこがれ」の職場で求められた「女らしさ」に絶望した
出版社に就職して3年間、私の仕事は本の広告を作ることでした。人手不足で大変な時もありましたが、部署一丸となって成果を出してきました。
4年目に営業へ異動となり、広告運用の新たな仕組みを作ったばかりだったので名残惜しさはありましたが、仕事の幅を広げる機会と思っていました。
でも、そこで直面したのは「女の子らしさ」ばかりが求められる現実でした。
営業先に一緒に行った重役は、他社の女性営業と比較して、こう言いました。
「色仕掛けではうちの西野も負けませんから」
私にも他社の女性営業にも、営業先にも失礼な言葉です。あまりの衝撃に、笑ってやり過ごすことしかできませんでした。
別の日、ちがう重役からはこう言われました。
「芙美ちゃんは若くてかわいいから、営業先に、たくさんチヤホヤされておいで」
無邪気に言われたこの言葉にも、私は笑ってしまいました。
本当は笑っていいことなんて、なんにもないはずなのに。
この人たちは、私の成果や、どれほど本に精通しているかではなく、私が「若い女」であるという点だけ見て異動させたんだ。
そう気づいた時の絶望感、血の気が引いていく感覚。
自分なりの営業スタイルで頑張っても、結局は決定権を持つ人に女という「属性」だけで見られ続けるんだと思うと、おなかの底がぐーっと冷えて、気持ちが澱んでいくのを感じました。
「女らしくあれ」という抑圧から解放してくれた本を売るために、古式ゆかしい「女らしさ」が求められる。それは、よくできた拷問装置のようでした。
もっと性に向き合える社会を。私が選んだ新しい道は
出版社の仕事が大好きでした。でも、これからもずっと性差別的な扱いを受け続けるのかと思うと、心は疲弊していきました。
そんななかで考えたのは、「うちの会社だけじゃないよな」ということです。
あの重役たちも、性差別の「知識」はあるはず。だけど、なぜいけないか「実感」がないから、言動に表れるのではないか。きっと同じことは、違う会社、違う業種でも起こり得る。
本以外の手段で、もっと広く、分かりやすく情報を届けられて、「実感」として誰もが性に向き合い、フラットになれる仕事はないのかな……。そんな時に見つけたのが「TENGAの広報」の求人広告でした。
「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」というビジョンを読んだ時、これだ! と思ったのです。性を「いやらしいもの」というジャンルに押し込めず、「性に関する固定観念から自由になろう」というメッセージを、会社のビジョンやプロダクトを通じて発信している。「知識」を伝える道も大切だけど、親しみやすいプロダクトを通して「実感」として伝える道もあるのでは? 自分の経験とやりたいこととが、すべて繋がったのです。
「TENGA」に入社し、3年半が経過しました。
ずっと憧れていた仕事を手放したことへの後悔は、ないことはありません。でも、社会の固定観念が少しずつ崩れていくのを肌で感じられる仕事には、代えがたい面白さと充実感があります。突きつけられた理不尽を前に笑うことしかできなかった悔しさは、今の仕事の確かな糧となっています。
社会を変えるなんて、壮大で、途方もないことです。だけどTENGAの持つ面白さと真面目さは、雨垂れ石を穿つように、ほんの少しずつ何かを変えていけるんじゃないかな。そう思いながら、今日も仕事をしています。