「こんなはずじゃなかった。」

 くたくたになった暗い帰り道。

 今日も、くだらないことで怒られた。私のせいじゃない。

 涙さえ、もうでない。こんな夜を迎えるたびに思い出すことがあった。

「好きなこと」が夢になり、前向きな私にしてくれた

 私は好きなことを仕事にできると信じていた。

 高校1年生のころ、とあるインディーズバンドと小さなライブハウスで出会い、熱烈なファンになった。そのバンドはどんどん売れて、気が付けばライブ会場は大きくなっていた。音楽が届いていく姿を見て、ひどく感動し、憧れを抱き、夢になった。「将来は音楽を届ける仕事に就きたい」。そんな夢を持ってしまったのだ。

 大学は、夢を叶えるために広告を学べる学部に進学した。CDショップやライブハウスでアルバイトもした。あの頃の私にとって、「音楽」に携わらない未来は、少しも見当たらなかった。そして、私が企画したライブイベントに憧れのバンドマンたちに出演してもらったこともあった。憧れのバンドマンが、ステージの上で私の名前を呼ぶ。そこには夢しかなかった。私は音楽が好きだ。好きだった、本当に。

 そして「好きなこと」を夢中で信じている私を好きでいる人たちが沢山いた。彼・彼女たちは、口をそろえて「あなたといると前向きになれる」「あなたなら大丈夫だよ」って言った。

 私はもともと自己肯定感が低かった。きっと生まれ育った環境が影響している。よく両親には、社交的で明るい兄弟と比較されて、私の内向的で一人が好きな性格を否定されてきた。そして両親が学歴コンプレックスを抱いていたせいで、小学生の頃から褒められるのはテストの点数が良い時だけだった。ありのままの私を褒め、認めてくれた経験はなかったのだ。だけど、夢を持って頑張っている私はポジティブになることができ、初めて周りから認められた気がしていた。

 それなのに。

破れた夢の後にあったのは、ネガティブな力が私を動かす日々

 結局、就職活動はうまくいかず、音楽と関係のないメーカーに就職し、代理店営業をやることになった。

 社会人になると、あれだけ「好き」を原動力に動いていた自分はどこにも見当たらない。好きという感情よりも、他人に迷惑かけないように、怒られないように、そんなネガティブな気持ちが私を動かすエネルギーになっている。

 「こんなはずじゃなかった」とつぶやきながら眠り、目が覚めると怒られたくないから出社する。新入社員の時、トップセールスの先輩に「仕事のやりがいはなんですか?」と聞いた時の困った顔が忘れられない。そして何かしら答えたであろう、やりがいとやらは全く覚えていない。

 私にとって、「仕事は楽しくないもの」という共通認識の中で生きているのが、つらくてたまらない。落ち込むたびに、ライブハウスでの出来事を思い出してしまう。ステージの上のバンドマンも、お客さんも、スタッフも、みんな音楽が好きなのだ。「好き」で充満している多幸感あふれる空間の一員として働く自分が、恋しくてたまらない。社会人になってからは、成長どころか後退しているような気がしていた。

涙ながらに相談した上司の言葉に、目が覚めた私

 「仕事が楽しくない」

 入社して1年が経ち、私は泣きながら上司に相談した。

 仕事はつらかったが、上司にはとても恵まれた。自分の父親より年上だが、古い考えがない方だった。配属されてすぐに「なるべく嫌だなって思うことは排除していくからすぐに相談してほしい。それが僕の仕事だから」と優しく声をかけてくれた。そして、客先からのいやがらせに合った際には私のことを一度も否定せずにすぐに対処してくれるような上司だった。勝手に大人はもっと残酷だと思っていた自分が恥ずかしくなるほどに、私は彼を信頼していた。

 「僕も楽しくなかったよ」。そう返した彼の言葉の続きは、仕事に対する私の考え方を大きく変えることになった。

 「でも、仕事というものは、自分が楽しいかどうかよりも、ちゃんと誰かの役に立っているかどうかが重要だ。それに気づいてから、自然と今の仕事を好きになれた。こうして君が給料を貰えているのは、楽しくても楽しくなくても、お客さんにありがとうと言われても言われなくても、確かに君の仕事が誰かの役に立っているからだ」

 この言葉で、夢から目が覚めた。私は、夢にしがみついていたのだった。

 平凡でありふれた人間が、あるバンドと奇跡のような出会いをして、夢を持った。ただそれだけで特別な人間になれた気がしていたのだ。

 自己肯定感が低い私は、夢をもって、好きなことを仕事にしている特別な人間でいなければ他人から愛してもらえないと思い、自分でも自分を愛せなかったのだろう。私は自分を好きでいるためだけに、仕事をしようとしていた。仕事の価値の本質を理解していないことに気が付いたのだ。やっと夢から覚めて、世界が緩んだ。

 まずは、今のこの退屈な仕事で、どれだけ誰かの役に立てるかを最大限に考えてみよう。そうすれば、好きを仕事にできなくても、仕事を好きになることは出来るかもしれないから。