「俺も一緒に買い物について行けばよかったね」
旦那が私のことを馬鹿にしたような、呆れたような顔でこう言い放った。私の全てを否定されたような気持ちになった。

その日、私は横浜のニュウマンでグッチのさくらんぼのモチーフが付いた、それはそれは可愛い小さなお財布を買った。ショウケースの上に店員のお兄さんが、いくつかお財布を並べてくれた。
もう29歳。本当はモノグラムとストライプのシンプルなデザインのお財布を選ぶのが大人の女性だろうと心の底では思っていた。
モノグラムの革の上にちょこんと乗った、存在感のある真っ赤な2つのさくらんぼの実はつやつやとして美味しそうに見えた。実の表面にはスワロフスキーのストーンが埋め込まれていて、店の照明によってキラキラと輝いた。
そして控えめに縫い付けられた深緑の葉っぱがアクセントとなり、私の目線が釘付けになった。
私のテーマに合っているのはこの真っ赤なさくらんぼのお財布なんだ。と私の感性がそのさくらんぼを引き寄せた。
お兄さんも、お客様らしい雰囲気があってとてもお似合いですよと笑いかけてくれて、幸せな買い物ができた。

ずっと、私のテーマを大切にしてきた。誰に何を思われても平気だった

昔から自分のテーマの色があった。
さくらんぼや苺のような艶のある明るい赤、メロンソーダの緑、アリスのドレスのような水色。何を選ぶにも私のテーマに沿って心が動いた。
私の選ぶものは、全て私らしさに溢れていた。
大学に連れて行っていたMILKの真っ赤なハートのバッグ。袖までドットが散りばめられたメロンソーダ色のワンピース。ストラップのついた水色のパンプス。
誰にどう思われたって気にしなかったし、全て私に似合うものだと信じていた。
ちょっと変わった女の子でも構わなかった。

彼と結婚したかった。だから、私は彼の好きな私になった

マッチングアプリで出会い、1年の交際を経て去年結婚した旦那には私はそれを隠してしまった。私の過去を知らない彼は私の昔を探らなかった。それをいいことに、常識のある普通の男性と結婚したいがために普通の女性を装った。それがきっとダメだったのだろう。
いつも大人の女性らしく、落ち着いた雰囲気でいて欲しい。彼はいつも私にそう言った。
私も彼の好みに合うようにそれに従った。ユニクロで買ったベージュのフレアスカートに白い胸の開いたシャープなブラウス。デートの待ち合わせ場所にいた彼の満足そうな笑顔と共に、私のテーマはどこかへ消されていった。

我慢の限界が訪れて気づいた。自分自身と彼を裏切っていたこと

その5万円の奮発したお財布に一年間の我慢が詰まっていた。
私が帰ってくるなり、財布の箱を開けて中身を見た旦那は、まじかよ。これ何年使うんだよ。と言葉とするどい目線で私を攻撃した。
彼も私に裏切られたような気持ちでいっぱいだったのだろう。いい歳してさくらんぼのついたお財布を選ぶような女と結婚した覚えはない。そんな言葉を言いたげな勢いだった。
私のテーマを否定されたようで、ものすごく悲しくなりその場で泣いてしまった。私そのものが愛されてないようなどん底の気持ちだった。
そして、彼に認められるために私らしさを隠して自分を裏切った私自身にも腹が立った。
今まで愛してほしい人に愛されたい姿を見せなかった自分に失望した。

もう29歳。まだ29歳。
私らしく生きるってなんだろう。
ハートのバッグを持っていたあの頃のように、私の感性のまま生きていたいとこだわり続ける可愛い私を好きでいたい。と、グッチのさくらんぼのお財布が本当の私を思い出させてくれたような気がした。