学生時代、自分の常識が世界の常識だと思っていた。そんな価値観を瓦解させる程に、世の中に様々な人がいることを知った今日この頃。多くの価値観の中で自分をもつために必要だったことは、明確な根拠を示すこと。自分の価値を相手に直接確認してもらうこと。
曖昧な論理や言葉だけの努力では人を納得させることはできないと、そう教えてくれた友人がいる。

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入社して最初の顔合わせの時、なんだこいつは、と思った。学生時代の活動やこれまでの人生について各人でプレゼンをしていた時、彼女は私が就活や学生時代の活動をお世辞でも褒めなかったのだ。

その頃の私といえば、努力し、勝ち取った就職活動の経験。大学院で教授にバシバシ指導されながら培ったプレゼン力や思考力。それらに誇りを持ち、それを周囲に知らしめるような、かなり驕った性格をしていた。
自分は正しくて、賞賛されるものだと本気で思っていたと思う。しかし、そんな私の大したことのないプライドを彼女はへし折っていった。

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世界に出て、自分の好きなことを極めた彼女の人生を聞いた時、すげえ、と思った。今も思えば、なんと恥ずかしい性格をしていたのだと消えてしまいそうになるが、あんなすごい彼女に認められたい、彼女と対等になりたいと思った。天狗の鼻を折るきっかけとなった彼女には本当に感謝している。

実業務に入ってからは、彼女に認められたいというよりかは早く仕事を覚えて一人前にならなければという思いの方が強く、ただただ必死に勉強する毎日が続いた。その中で、彼女と共に勉強する機会が多々あり、互いに得意不得意部分を補うように私たちは切磋琢磨を繰り返していった。

その中で、彼女は自分が実際に見て人の価値というものを判断していることを知った。そして、明確な根拠や筋の通った論理をもとに自分の意見を説明すると納得し、良い反応を示してくれることを知った。

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彼女自身もまた、自身の意見を貫きたいときは裏付けを持って話すということを怠らず、経験則による曖昧な判断や意思決定をしないよう努めているように感じた。

そのため、私自身も納得して彼女の意見を取り入れることができた。
会社で何かを判断する=お金が動く、そんな判断を経験則だけで行うことはできない。
そこには客観的な数値やデータが必ず存在する。

当たり前のことではあるが、当たり前に実施するのは非常に難しい。けれど私は彼女を通して、それを自然に身につけていった。何を喋るにしても、根拠や裏付けを持って。なんとなく、人がそう言ったから。他人に任せず、自分自身の言葉で相手に向き合う大切さを知ることができた。

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「ねえ〜。これってどこの規定に書いてあるっけ?」
「〇〇の△章にあったはず!」
「さすが、多すぎてどこにあるか覚えらんないよ。睡蓮の記憶力分けて」
「私は、あんたの専門すぎる知識を分けて欲しいよ」
「じゃあ私たち二人でいたら最強じゃん」
「たしかに」
「あなたたち、また二人くっついてんの?」
「この間起きたことを共有してました」
「睡蓮に話したら面白いかなと思って」
「一緒にいない日はなんてないわね」

「あははは」

いつからか私たちは、部員みんなが認める最強カップリングとなっていた。私も彼女も知識への貪欲さや興味の徹底追求が好きで、いつも互いに見つけた面白いことや新しい発見を根拠や裏付けを持って共有する。自分だけでは経験できないことも、彼女と話せば2倍にも3倍にも増えていく。
彼女との時間はいつだって最高で有意義な時間なのだ。

来年度は彼女と共に難しい試験に挑戦するつもりだ。見えないほどに高いハードルに、怖気付くことも投げ出したくなることもあるだろう。けれど、彼女と一緒だというだけで自然と頑張れる、そんな気がする。根拠も裏付けもないけれど、彼女との三年間が私にそう思わせる。一生の友であり、仲間である彼女と共に、未来に駆けていきたいと思う。