18歳の夏、陽光に照らされる友人の素肌が美しいと感じるのは、記憶補正というやつだろうか。
田舎の進学校へ通学していた私たちにとって、最大のお化粧は日焼け止めと色付きリップだった。それでも記憶の中の彼女は、彼女たちは、間違いなく美しい。
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受験戦争に敗れた私は、20歳になる年、就職のために上京した。周りの大人たちは顔に綺麗な色がついていて、いい匂いがした。田舎の少女(というほど若くはなかったが)にとって、周りの大人たちはすぐに憧れの対象となった。
そして少女もすぐにその大人たちの仲間入りを果たす。少女、否、私の顔の上の色は季節ごとに変わり、周りの大人たちもまた、そうだった。私が歩くと、今朝ふった香水の香りがした。大人の女性とすれ違う時、お互いの香りが混ざり合い、それはまるで自分の縄張りを主張しているかのようだった。
家に帰り、シャワーを浴びると、私はまた少女に戻る。幼さが残る顔と、色気のないボディソープの香り。素顔の私に戻るとき。それは誰とも比べられない、縄張り争いのない一人暮らしの小さな箱の中だけだった。
流行りの化粧品や流行りのファッションを手に入れるので精いっぱいの私の夕飯は、質素なものだった。それでも周りから浮かないよう、自分の存在を消さないように、私はその生活を多少の憂いとともに受け入れていた。
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21歳になる年、地元で成人式があった。旧友たちも顔に色を塗っていた。綺麗に着飾っていた。大学生になった彼女たちは私の周りの大人たちと同じ顔の色をして、同じような匂いがした。少しだけ失望して、少しだけ安心した。
私も彼女たちと同じように変われている。彼女たちも私のように変わっている。彼女たちは私を見てどう思っただろうか。私と同じだと少し嬉しいななどと考えているうちに、成人式はあっさりと終わってしまった。
成人式が終わると、同窓会があり、同窓会が終わると親しい友人たちと二次会と称して語り合った。彼女たちの笑顔にたった数年前の面影を見る。
「あ、美しいな」
ほろ酔いの頭で思う。彼女たちと話していると、時間旅行が簡単にできる。変わったのは顔の色と匂いだけ。
彼女たちも一人暮らしの箱の中で思うのだろうか。素顔の自分を憂うのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。私は、そしておそらく彼女たちも、今この瞬間は素顔なのだろう。いくら顔に色が付いていても、どんな香りが彼女たちを包もうと、ここでは素顔でいられる。
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18歳の、何も知らない、純真無垢に雪国を駆け回っていた私へ、彼女たちへ。
大人になることはとっても大変です。社会はどんどん私たちの個性を削っていきます。その度私たちは、削られた分を補うようにみんなと同じという粘土を貼り付けます。そうやって、自分の心を、素顔を、丸く丸く保っていきます。
でもね、友達っていいもんですよ。粘土なんてすぐに溶かされちゃいますよ。あの時にいつでも戻れる魔法をね、持ってるんです。
18歳の時に聞かされても多分実感がわかないと思います。大人になったらね、少しだけ歳を重ねたらね、わかるんです。素顔って顔洗ってシャワー浴びたら出てくるものだけじゃないんです。心の中にひっそりあるんです。
たまには周りに合わせることも、社会で生きるということです。でもひっそり隠れてる心の中の素顔、ぜひ大事にしあってくださいね。それがきっとあなたを支えてくれますからね。