半年ぶりに恋人が家に泊まりに来た。
朝、寒さで目が覚めると彼が布団の端を持ち上げて、おいでと言った。彼の腕の中で二度寝をする。冷え性の私とは違って彼はいつも温かい。彼の温かさが心地よかった。

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朝ご飯には、私の作ったサンドイッチを食べる。一言美味しいと言うと、あとはぼんやり何かを考えながら食べ進めている。気の抜けたような表情が気を許してくれている証拠のようでほっこりする。

彼が食器を洗ってくれている間に掃除機をかける。家事が済むと2人で映画を見たり、いつか行きたいところについて話してスマホで調べたりする。
海の近くでグランピングとかしたいと彼が言う。なつめさん、海好きでしょと当たり前のように彼は知っている。

私のスマホで海の写真を見ていた。と、電話がかかる。反射的に通話ボタンを押した。押した後でしまったと思う。それは私のカスタマーの番号だった。でも出てしまったからにはもう遅い。

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「お世話になっております。(会社名)のなつめです」
ごめんと手を合わせながら部屋を出る。彼に仕事モードの私を見られるのはなんだか居心地が悪かったし、デートに仕事を持ち込むなんて重罪を犯したのも気まずかった。
結局10分ほど対応して電話を切ってから、恐る恐る戻る。ベットの上でスマホを見ていた彼はパッと起き上がった。やっぱりさすがに咎められるかなと身構える。

「すごいね!」
彼の第一声はそれだった。呆気に取られている私に、珍しく饒舌になって続ける。
「19歳の大学生とは思えなかった!30くらいの大人の女性って感じで、やっぱりなつめさんはすごいよ、俺の自慢だ!あ、ちなみに向こうに行ってくれてたけど全部筒抜けだったよ笑」

「怒らないの?プライベートに仕事持ち込むのよくないって大抵の人は言うのに?」
「全然!すごかったもん。仕事も勉強も、なんでも一生懸命頑張るなつめさんに俺は惹かれてるし。お客さん大切にしてるのもいいなって。また電話かかってきたら遠慮せず出ていいからね」

どうしてそんなに優しいの。どうしてそんなに私を尊敬してくれるの。

会う度好き、かわいいと言い、冬のデートでは自分も寒いだろうに私を温めるように手を握り、仕事を持ち込んでも怒るどころか褒めてくれる。私には彼が謎だった。分からなすぎて不気味で不安だ。でもその不気味さに私はいつも救われている。

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彼は白湯のような人。着飾ったカッコよさはないけれど、沸騰させ不純物を除いて適度に冷ました水のような人。温かくて優しくて、身体に良い、清らかな私の恋人。

でも、彼に甘えてばかりではいけない。私は彼が何と言ってくれたとしても彼自身を大切にしない方向には甘えてはならない。
カスタマーを大切にするのは私のポリシー。でも、私を想ってくれる人を大切にできないで、そのポリシーが守れようか。

勉強、仕事、趣味。自分のためにやるべきこと、やりたいこと、必要な時間がこれから増えていく。彼もそれは同じ。
でもだからこそ、自立した大人になるために歩き始めた私は、自分の大切にしたいものを守るために、けじめをつけなければと改めて思う。