背の小さな生徒が密集している列の前方で、ひょこっと頭1つ分飛び出ていた彼の存在はとても目立っていた。
列は身長順のはずだから、高身長の彼は本来なら最後尾にいるのが正しい。にもかかわらず、そんな彼が先頭にいる理由はすぐにわかった。学級委員だからだ。自分のクラスの生徒を整列させるのは、学級委員の仕事の1つだった。

一方の私はというと、隣の列の後ろの方にいた。
物心ついた頃から私は他の子よりも背が高く、列で並ぶときは大体後方に立つことが多かった。内向的で目立つのが嫌いな私にとっては好都合だった。たとえばクラスで集合写真を撮るときなども、真っ先に最後列へ下がる。人に埋もれてよく見えないくらいが、私にとってはちょうどよかった。

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私は1年2組。背の高い彼が先頭に立っているのは1年3組。
全学年の生徒が集合したことにより人口密度が上がっているとはいえ、冬の体育館は震え上がるほどに寒かった。校長先生、なるべくお話は短めでお願いします。暖房の効いた教室に早く帰りたいです。私は心の中でそう念じた。

ただ、制服の下で身体を小さく震わせながらも、気づいたら視線は例の彼に吸い寄せられてしまう。全校集会がある朝は、いつからか彼の姿を目で追うようになった。名前の知らない、隣のクラスの学級委員。
つい視線を送ってしまう理由は、女子中学生らしいとても単純なものだ。雰囲気が好みだったからだ。

ただ彼の名前は、それからあまり間を開けずに知ることとなる。

3学期にもなると、自分のクラスだけでなく、他のクラスの生徒も何となく名前と顔が一致するようになってくるものだ。

そして、廊下に貼り出されている書き初めの中で群を抜いて上手い作品が、隣のクラスの例の彼が書いたものだったということを、ある日私は認識した。

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そういえば、と少し時を遡って冬休みを思い出す。
どのクラスも、字が上手な生徒数名が「書き初め選手」として選出される。選手は冬休みにも何度か登校して、さらに練習を重ねなければいけない。それは地域の展覧会に備えるため、さらには中央展や県展など、より上位での入選を狙うためだ。
当時、私は選手に選ばれていた。冬休みの書き初め練習は、クラス関係なく合同で行われる。そういえば、ひょろっと背の高い人がひとりいたような気がする。今思えばあれは彼だったのかもしれない。

書き初め選手は、どのクラスも大半が女子だった。
これは偏見かもしれないが、男子であるのに学年の誰よりも字が上手いことに、私はおののいた。同学年の男子であんなに美しい字を書く人は、それまで出会ったことがなかった。

ますます、彼のことが気になって気になってしょうがなかった。
どことなくアンニュイな雰囲気を漂わせている、細身で高身長の彼。学級委員を務めているということは、しっかりした人なのだろうか。

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寒い寒いと震える冬はあっという間に通り過ぎ、季節は春になった。
新しい季節を祝福するかのように、校庭では桜の花が満開を迎えていた。風に運ばれた薄桃色の花びらが、地面をぽろぽろと駆ける様子はいつ見ても可愛らしい。

さて、と生徒昇降口に着いた私は、緊張の面持ちで新しいクラス名簿を見上げた。各クラスの名簿が、拡大コピーされて壁に貼り出されるのは新年度の風物詩だろう。
案の定、名簿の下には多くの生徒が群がっている。どこだどこだと皆が自分の名前を探している。ただ毎年のことながら、私は比較的すぐに自分が何組なのか把握できる。名字が「あ」行だからだ。各クラスの先頭の方を順番にチェックしていけば、自分の名前はあっけなく見つかる。

すぐにクラスが分かってしまうのは何だかつまらないなあとも思ったりする。仲の良い友達と同じクラスになれただろうか、とそのまま視線を少しずつ下げていく。

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「さ」行で、ぴたりと視線の動きが止まった。

あの名前がある。悔しいくらいに美しい毛筆で書かれていた、例の彼の名前。
どうやら彼と、同じクラスになれてしまったようだった。

どきりとはしたけれど、同じクラスだからといって接点が多いとも限らない。
特に何がどうなるわけでもなく、1年がそのまま終わってしまう可能性だって十分にある。
何せ私は、今も周りでキャッキャと明るい声を出している「陽」の女の子たちとはちょっとタイプが違う。自分で言うのもなかなか物哀しいが、地味でおとなしい、いわゆる「陰」側の人間だった。

ところがその後、良くも悪くも私は彼に振り回されることになる。
要するに、本格的に好きになってしまうのだが、今日のところはここまでにとどめておこう。

このエッセイはあくまでプロローグ。その後2年ほど続くことになる恋の話は本編に値する。

本編を書くかどうかは、私の気分次第だ。