多くの女性が妊娠・出産で悩んでいる

伊藤あかり・かがみよかがみ編集長(以下、伊藤):私が編集長を務めるエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ」では、18~29歳女性のエッセイが2万本近く集まっています。それらを読むと、「子どもは欲しくない」という声が想像以上に多く、驚きました。理由としては、お金がない、キャリアを積みたい、自由がなくなるのが怖いなどが主なのかなと思いました。

永田一彦 メルクバイオファーマ株式会社執行役員・不妊領域事業部事業部長(以下、永田):確かに、私の家族が勤め先のアルバイトの大学生と話をしたときに、「彼氏・彼女を欲しいと思いません」「一人で生きていけます」といった声を聞いたそうです。ショックと言えばショックなのですが、「一人で生きていく」という選択肢があることは良いことでもあると思うんです。今、社会で広がっている「多様性」という考え方と、こうあらねばならないという「あるべき論」がぶつかっている状態なのかなと思います。

伊藤:多様な考えや生き方を尊重したい、でも少子化対策もしないといけない……という感じでしょうか。どちらも正解で、不正解はない。ただ、子どもが欲しくない理由をひも解くと、社会にも問題があるのかなとも思うんです。それなら対策はすべきだよね、と。

永田:そうだと思います。社会的な要因で「産みたくない」という気持ちが生じているなら、それを取り除いていくことが大事で、企業として貢献できるのは何かを考え、実行していくところです。

ライフイベントによるブランクは「個人の問題」ではない

伊藤:女性は妊娠・出産をすると、キャリアに数年のブランクができることは避けられません。会社として、女性のブランクについてどう考えますか?

永田:女性の働き方は会社のパフォーマンスにも繋がる話なので、会社として対応すべき課題だと思います。ライフイベントによるブランクを「個人の問題だよね」で終わらせることはできないですね。

伊藤:その考え方、励まされます。私はこれまで、不妊治療や出産、育児は個人の問題だと思っていました。個人で対応し切れないのなら、辞めるしかないと。実際に治療のための欠勤や時短勤務で、肩身がせまい思いをしている方も多いと思います。だからこそ、働きながらの妊活や出産、育児が結果的に会社にもプラスなんだと言ってもらえることはとてもうれしいです。

永田:個人の問題にしない考え方は、会社にとって間違いなくプラスになると思います。弊社が2020年4月に全国の20〜40代男女3万人を対象として実施した調査では、不妊治療のために約2割が退職しており、転職や異動を含めると約3割が仕事を変えているという結果がでています。また、異動や転職などで収入が減った人の平均減収金額は約108万円に上りました。これは個人と社会の双方にとって、かなりの損失と言えます。こうした現状を受け、メルクでは、ファミリーフレンドリー※な社会を構築する必要性を感じているのです。
※ファミリーフレンドリー…個々人の選択を尊重し、仕事と家庭の両立に配慮し、柔軟な働き方を認める考え方

弊社の存在意義であるパーパスに「Brighter lives, together ともに、より輝かしい人生を歩もう」というのがあります。2030年までに多様なキャリアプランを構築して、人々の人生をより輝くものにすることを掲げています。実現に向けた取り組みとして、まずは社員が「自分らしく生きる」ためのサポートから始めました。

妊活から出産・育児までを支えるメルク独自の取り組みとは?

伊藤:具体的には、どのような取り組みがあるのでしょうか。

永田:特徴的なものとして、妊活や不妊治療を支援するための制度「YELLOW SPHERE PROJECT(YSP)」があります。これは、不妊治療に必要な休暇を通常の有給休暇とは別に付与する仕組みと、治療のための助成金制度、そして社内全体で妊活や不妊治療に関する知識向上への取り組みです。

伊藤:知識向上のための取り組みというのは、社内勉強会などでしょうか?

永田:はい。「不妊治療」のくくりの中でテーマを変え、継続的に社員みんなで学ぶ場を設けています。また、不妊治療を経験された方から直接お話を聞く場もあります。

伊藤:不妊治療というと、診察後に「はい、明日きてね」と突然言われるイメージです。それでも仕事を休めるということですか? ……あ、上司も同僚も不妊治療についての基礎知識があるから、「治療が急にはいることもあるよね。OKです!」となるんですね。すごい!

永田:おっしゃるとおりで、周囲の方々にも不妊治療に対する理解を深めてほしいという期待から勉強会を行っています。

弊社は不妊領域でのビジョン(将来の目指す姿)として「子どもを持ちたい人の伴走者、不妊領域における変革と革新の先駆者」を掲げているんです。患者さんのよき伴走者であるためには、様々な選択肢のある中で個々人が決めたことを尊重し、決めるために必要だと思われる適切な情報を“伝え”、サポートの輪を“広げ”、ともに“未来をつくる”ことが不可欠だと考えています。

伊藤:不妊治療領域で60年以上、患者さんへの理解を深めてきたメルクさんだからこそできる取り組みですね。

永田:YSPのほかにも、社員が自分らしく働くための取り組みとして、「MyWork@Merck」「Dress for the Day」という2つの制度があります。

「MyWork@Merck」は、午前5時から午後10時の間で、場所の制限なく働ける、フレキシブルワーク制度です。コロナ禍をきっかけにリモートワークが普及しましたが、弊社ではコロナ前の2017年から実施しているんです。規程の時間内で、自分で時間を調整して、いつ、どこでも働けます。

「Dress for the Day」という制度では、社員が自由に業務中の服装を選べます。今日はスーツですが、その日の業務に合う服装であればカジュアルな服装での出社もOKなんです。

伊藤:フルリモート勤務と子育ての相性って抜群ですよね。私も今、徳島で子育てをしながらフルリモートで働いているのですが、出社が必要になったら時短勤務にするしかないんですよね。こうしてマミートラック※に乗っていくんだなあとたまに考えちゃいます。
※マミートラック…育児中の女性社員が、時短勤務などで仕事での成長や出世を妨げられてしまうこと

伊藤:社員の働きやすさのための制度を充実させている背景には、社員からの要望があるんですか?それともトップダウンで?

永田:両方あると思います。YSPの場合は社員が医療関係者の方から患者さんの仕事と治療の両立が難しいという困難に直面するお話を聞いて、提案したことでした。YSPと同じように、妊活を支援する福利厚生制度が、世界各国のメルク事業所や現地法人で導入されています。

ファミリーフレンドリーな職場が社員の高パフォーマンスを生む

伊藤:最後に、ファミリーフレンドリーな社会をつくるために永田さんが一番大事だと思っていることはなんですか?

永田:お互いを尊重することです。尊重しあえれば、多様性とあるべき論がぶつかることも減ると思うんです。多様性に正解はなくて、個々を尊重しようね、という話なので。たくさん悩んで、たくさん意見交換をしてほしいなと思います。

伊藤:多様性とあるべき論の溝をうめるのは、尊重と対話なんですかね。社会や企業レベルでは何ができると思いますか。

永田:ステークホルダー※が、垣根を越えて取り組んでいくこと。ノウハウを共有しながら、もっと良い制度がつくられるといいなと思います。ファミリーフレンドリーな会社を目指すことが結果として、高いパフォーマンスに繫がるというのを示すことで、この輪をどんどん広げていきたいですね。
※ステークホルダー…経営者や従業員、顧客、株主、取引先など企業のあらゆる利害関係者

永田一彦(ながた・かずひこ)

メルクバイオファーマ株式会社執行役員・不妊領域事業部事業部長。2019年メルクバイオファーマ株式会社入社。大学卒業以来、約22年間にわたり、一貫して製薬企業に勤務。コマーシャル部門からマーケティング部門、事業開発部門、経営戦略部門など多岐にわたる業務に従事。2024年から現職。ファミリーフレンドリーな社会の構築を目指す企業の一員として、「患者主導のアプローチ」を通じて、子どもを持ちたいと願うカップルの皆さんが自分らしい選択と決断ができる社会を実現することを支援。

伊藤あかり(いとう・あかり)

かがみよかがみ編集長。2009年朝日新聞社入社。奈良、徳島で記者として取材。2019年に社内の新規事業コンテストに応募し、「かがみよかがみ」を立ち上げ編集長になる。事業移管により、2023年4月からグループ会社「サムライト」へ出向中。2023年8月に2歳の息子と徳島に移住し、「Z世代×地方創生×女性活躍」を軸に関西・四国から事業展開を始めている。