大学2年。女友達がいなかった。

週3日ほど集まるクラス、関わろうと思えばいくらでも仲良くなれそうな教室で、私はいつも男の子の近くに座っていた。

「女の子よりも男子といる方がラクなんだよね。気遣わなくていいっていうかさー!」
誰に聞かれたわけじゃないのに、男の子5人の中でひとり飲みながら、言い訳みたいにそんなことを言った。仲良くなったのがたまたま男の子だっただけ。男友達と遊ぶ予定ばかりのスケジュール帳を見ながら自分に言い聞かせる。「おまえいつも男といるよな。女の子の友達いないの?」いつかそう聞かれるんじゃないかと、内心びくびくしてた。

女の子がいると逃げたくなってしまう

クラスの女の子が私のことを嫌っているわけではなさそうだった。だけど女の子が近くにいると途端に居心地が悪くなって逃げたくなってしまう。輪に入ったときには、物知った表情だけ貼り付けて「アイシャドウ、なんであんなにきれいにぬれるんだろう」と相手のまぶたを盗み見た。綺麗な色のニットもまぶしい。へたくそなメイクに古着でジーパンの私は、しわしわでどこかくすんでいるような気がした。

一転して、男の子との会話は水を得た魚のように気楽だ。彼らの中に一人でいるときは、服装もメイクも気にならない。こんなこと絶対に誰にも言えないけど、あまりの居心地の良さに私はたまに「この世界に女の子は私ひとりでいいのにな」なんて思ったりしていた。

当時の私のように、女の子に苦手意識のある女の子がいたら、ぜひ手に取ってほしい本がある。磯野真穂さんの『ダイエット幻想』だ。
丸っこい自分の身体は割と気に入っているので、正直タイトルには惹かれなかったけど、読み始めたらあまりに当時の自分のことが書かれていて、やばいやばいと小さく声をもらしながら数時間で読破してしまった。次の箇所を読んだときは息が止まるかと思ったほどだ。

愛するのではなく、愛されたい。選ぶのではなく、選ばれたい。「他者」の立場に置かれる女性たちの多くは、自ら「選ばれ組」のメンバーとなり、次のようなメンタリティを育みます。(中略)

①メンバー間の終わりなき比較と外見への過度な気づかい
②選ぶ側ではなく、選ばれる側への攻撃
③いつも不安

『ダイエット幻想 やせること、愛されること』(磯野真穂/ちくまプリマー新書)

私はまさに「選ばれ組」のメンバー、いや番長だった。おしゃれやメイクに過度に苦手意識があったのは、他の女の子と無意識に比較にして、自分の至らなさにしょげてしまうからだ。

古着にスニーカーは「外見では戦わない」という意思表示

ファッション誌片手に「モテ服」を着てみたところで、心からおしゃれを楽しんでいる子たちとは、その洗練さに大きな違いがあるような気がした。どうしたら彼女たちに追いつけるのか、勝てるのかが分からなくて、もう「おしゃれ」部門での土俵を降りようと思った。古着にジーパン、ぺたんこスニーカーは着心地の良さ以上に、「私は外見では戦わないよ」という意思表示だ。一番男受けを気にしているのは自分なのに、おしゃれを楽しむ彼女たちを「媚びてるだけじゃん」と見下そうとしていた。本当は、鮮やかな服を着て上手にメイクをする彼女たちが、すごくすごく、うらやましかった。

「かわいいね」と言ってもらえると、すべてが免除された気がした

男の子の前では、ただ「かわいい」を演じていればよかったから、女の子といるよりもずっと気楽だったということも、この本で突き付けられた。磯野さんは「かわいい」をこう説明している。

「かわいい」という言葉は、子どもっぽさと高い親和性があり、しかもその子どもっぽさは条件付きです。その条件とは、自分に危害を加えないという安心感があること、言い換えると従順な素直さが垣間見えることです。

『ダイエット幻想 やせること、愛されること』(磯野真穂/ちくまプリマー新書)

ファッション雑誌のモテク特集を熟読していた私は、男の子の話に物分かりよい顔でうなずき、たまに子どもっぽくあどけなさを出して「かわいい」をごく自然に演じていた。かわいくある限りは、男の子たちの輪からははじかれないことを、いつのまにかわたしは知っていた。

「かわいい」を演じることには中毒性がある。何かがうまくできなくても、「かわいいね」と言ってもらえると、すべてが免除された気がした。

「何かを達成したあの子」よりも「何もできなくても許される自分」は得をしていて何かに勝った気になっていた。頑張らなくても、成果が出なくても、最終的に「かわいい」と言ってもらえさえすれば、居場所が与えられる気がしてしまう。

「かわいい」で男の子は操れるし、自分の居場所だって確保できる。そう思っていた。「かわいい」に操られていたのは他の誰でもなく、自分だったのに。

「かわいくない」意見をぶつけても向き合ってくれる関係性

そんな私も、参加者同士の関わりが多い課外活動や、少人数の講義に積極的に参加するようになってから少しずつ「かわいい」の鎧がはずれていくようになる。目標に向かって物事を進めるなかでは、メンバーと意見が対立し、言い合いになることが多い。相手と真っ向から関わろうとすると、いつまでもあどけなくはいられず、自分の意見を主張するようになった。「かわいくない」意見をぶつけても正面から向き合ってくれる関係性は、演じた「かわいい」で得る居場所よりもずっと心地よくてあったかかった。

「あなたは大人になっていい」と本の中で磯野さんは言う。
3年前と変わらずアイシャドウは苦手なままで、ヨレヨレの古着も好きだけど、2020年、幼いふりをした「かわいい」を振り払って、わたしはかっこいい大人になりたい。