昔、私はアイドルになりたかった。当時テレビで人気だったアイドルのCDを買ってもらい、歌を真似し、その子がCMに出ていたシャンプーを買うなど、その子に近づくための手段は小さいながらに色々試していた。

小学校に上がると、アイドルになりたいという夢は一瞬にして消え去り、代わりに漫画家になりたいという夢を掲げ始めた。学校の休み時間には黙々と一人で絵を描き、漫画クラブに入って週に一回の活動でも絵を描き、とにかく絵を描くことに時間を費やしていた。当時私が時間を費やしていたことのもう一つに、読書がある。学校の図書館にあった赤川次郎の「杉原爽香シリーズ」にどハマりし、学校にあった赤川次郎の本は全部読みつくした挙句、彼の他のシリーズも親に頼んで買ってもらい、次から次へと読み漁った。

自分の世界に没頭。同世代と話が合わず、もどかしかった小学生のころ

こうして振り返ると、私は自分の世界に没頭することが好きだったのだなと今なら思えるが、当時は自分の周りにいる同世代の子達と話が合わなくてもどかしかった。クラスの中でいわゆる「陽側」(あまりこの表し方は好きではないが)の子達は休み時間になると外でサッカーをしたり、男女混合でドッヂボールをしたりしていた。一方私は赤川次郎を読んでいたのだから、もちろん話が合うわけがない。そこは小さいなりに割り切っていたとは思う。ただ、たまに「なんか自分って人と違うのかな」と思うときがあった。もちろん人と違うことは人間当たり前なのだが、あまりに周りと話や感覚が合わないことから、自分が普通ではないような気さえしていた。少しだけ世界に取り残されているような感覚だったかもしれない。

充実した中学、ありのままの自分でいられた高校時代

中学校に入るとそれなりに気の合う友達もでき、充実した3年間を過ごしていたと思う。ちなみにその頃はアナウンサーか小説家になりたいと思っていた(一般的な会社員という仕事を自分がするイメージを持っていなかったのだろうなと思う)。

高校に入ってからは、まるで人生が変わったかのように毎日が楽しくなった。一緒に学生生活を過ごす友達ができ、放課後に一緒にお茶しに行き、休みの日にはランチをして恋話をする、みたいな「普通の」高校生になっていた。かと思えば、友達と好きな本の貸し借りをしたり、最近観た映画について熱く語り合うこともあった。ものの見方が違っても、それを認め合って語り合えることってこんなに楽しいんだなと心から感じるようになった時期だった。そして何より、ありのままの自分で過ごしていても一緒にいてくれる友達ができたことが嬉しかった。この頃になると将来の夢は明確なものはなくなり、何か自分の好きなものにつながる仕事ができたらいいな、程度にぼんやりと考えていた。

将来やりたいことが形になった。キラキラした幸せな社会人になれる

そして私は大学に入学し、素敵な友人や先輩後輩に囲まれた最高の4年間を過ごしたということになると思う(まだ在学中なので未来形)。今は、昔こそ一人でこっそり楽しんでいた読書やイラストなども胸を張って好きと言える環境があるし、将来やりたいことも勉強していく中で少しずつ形になってきた。今やりたい仕事は「会社員」ではあるが、昔思い描いていた将来の夢よりずっとキラキラした、ずっと幸せな社会人になれるという確信がある。それは、自分の閉じ込めていた好きや好奇心をオープンにできる環境で過ごせるようになり、自分のありのままの価値観を受け入れてくれる人々に出会えたことによって、今の私が選んだことならきっと大丈夫だと、自分が背中を押してくれるからだ。

ふと昔を振り返ったときに感じるのは、人それぞれ自分に合った環境があるんだな、ということだ。私はおそらく小学校のときは本当にその環境が合わなかったのだと思う。それは誰が悪いわけでもなく、ただ私に適する環境ではなかったのだろう。そこから中学を経て高校・大学と進むにあたって、自分の意思で進学先を決め、そこに入ることができた。そして今、自分らしく生きられる環境の中で叶えたいと思えるようになった、みんなが自分らしく生きられる世の中を作りたいという夢を少しずつ実現に向けて歩ませているところだ。

必ずしも自分で決定した道が自分に適するわけではない場合もあるだろうが、私は自分の感覚に頼って、自分が生きやすい環境を選択することができたと感じている。これは本当に幸せなことだ。過去の自分が「自分が違うのかな」と感じた分だけ、これからも自分の意思を道標に、自分の生きやすい環境を模索していこうと思う。より多くの人が、生きやすく、自分らしくいられる世の中になりますよう。