ちょうど朝と昼の中間に目が覚める。お湯を沸かし、ハーブティか紅茶、レモン白湯をその日の気分で選ぶ。レーズン入りのパンをトースターに任せて、ぐっと伸びをした。投函された新聞はここ最近、誰にも読まれることないまま積み重ねられていく。
パンをかじったままカーテンを開けた。日当たりのよさだけが取り柄のアパートのベランダには、先日買った淡いオレンジ色のガーベラが微笑んでいる。オレンジってすごい。家具は白、寝具は青、カーテンは緑とどことなく生気のないわたしの家を、命のオーラで満たしてしまうんだから。水をやった。あなたの命はわたしがきっと守ってみせるからね、だから安心して根を張るんだよ。誰にも会わない生活がつづいて、ふと花にまで話しかけている自分に気づいて、少し笑った。

きっと普段なら雑音なのに、こんな時だと娯楽に変わる。

先生からのメール、お客様からのメッセージを確認して、でも返信する気にはなかなかならない。人との交流から遠ざかりすぎていて、どこか別の国のお話みたいだ。1Kのお部屋、それがわたしの国。わたしの世界。ふとどこからかトランペットの音が聞こえる。絶妙にへたくそで、それがかえっておもしろかった。どこかの誰かが奏でるつたない音色は、きっと普段なら雑音なのに、こんな時だと娯楽に変わる。きっと誰ひとり文句は言うまい。

なんだか素晴らしいことを思いついたような気でいる

トランペットと近所の公園から聞える子どもの声を聞きながら本を読んでいたら、いつの間にか眠っていた。窓から入る光はすっかり柔らかくなっている。4時。微妙な時間だけど、おやつを食べようか。レンジで作れるガトーショコラにしよう。なんだか素晴らしいことを思いついたような気でいるけど、ここのところ毎日ガトーショコラかホットケーキを食べている。うん、おいしい。いつも通り。

おやつを片付けて、しばらくしたらもう夜だ。今日の晩ご飯は何にしよう。鮭のホイル焼き、きのこともやしも入れて、ポン酢とレモンをかけて食べようかな。お米を炊いて、適当に野菜をちぎって、インスタントのお味噌汁をいれたら、立派な晩ご飯の完成だ。その前に少しお掃除をして、水回りをぴかぴかにしたらお風呂に入ろう。バスソルトをいれて身体もぴかぴかにして、上がったらお気に入りのオイルをつけて丁寧にマッサージしよう。

途端に不安が襲ってくる。いったいいつまでこうなのか。

完璧な計画を完璧に遂行して、ベッドに転がる。そのまま携帯を手に取り、しばらく眺めていた。途端に不安が襲ってくる。いったいいつまでこうなのか。蓄えはある。だけどそれだっていつかはなくなる。夜職で学費をまかなっているわたしは、春休みの延長とお仕事の自粛で嘘のように平穏な日々を過ごせているけれど、でも、どうしようもなく怖い。これがあと数か月続いたら、そのうち授業料も払えなくなる。だけどお仕事はできない。不安に駆り立てられて求人情報を見る。だけどレジ打ちだって濃厚接触に変わりはないのだ。それならもっと給料の良い夜職をしていた方が……。

また一日が終わる。明日はいい日になりますように。

堂々巡りに嫌気がさして頭を振る。今日を振り返ろうか。わたしはこの一日で何を成せたのだろう。掃除、料理。他には? わたしはまた一日を無駄にしてしまったのかもしれない。だめだ、辛気臭くなる。楽しい本でも読んで寝よう。明日、がんばればいいのだから。起き上がって本棚をのぞいた。読みかけの本にしよう。そう思って手に取ったのはナボコフの『ロリータ』。「楽しい本」からはほど遠いが、まあいい。数ページ読んで、案の定後味の悪いまま眠気に襲われた。毎日こうして眠くなってしまい、いっこうに読み終えられる気がしない本を閉じて、電気を消す。
明日はいい日になりますように。
小さな祈りは夢と現実のはざまに吸い込まれて消えていった。