大学二年生の夏__私は疲れ切っていた。

この夏までに、10キロ痩せた。
「それは別にあなたのためじゃないよ」(SHISHAMO『魔法のように』より)、なのだけれど、まあびっくりするほどもてはやされる。

セクハラに抵抗を諦めた世界では「苦しい」なんて言えなかった

可愛いは褒め言葉だと思っていた。でも案外そうじゃないらしい。なんというか、普通に気持ち悪い。うまく表現できないけどぞわっと、胃の底がもやっとする感じ。適当に笑って「ありがとうございます」と返す。

そういえば整形もした。アイプチがちゃんと二重になっただけだけど、それも相まってかチヤホヤが凄まじい。掌返しがお上手ですね皆さん、と皮肉を言いたくなってしまう。言わないけど。掌の裏側だった私には全てが異様だった。

そう、この頃の私は何も言わなかった。気持ち悪いな、と感じても、何も。先輩には絶対服従な部活だったから余計というか、女子みんなそんな感じだった。

前髪をちょっと巻いていないだけで「あれ、どうしたん」ととやかく言ってくる。お酒の場で、「〇〇は胸がおっきいもんね」と言われる。みんな男で先輩だ。私は心の中でたしかに傷付きながら、それを笑って流すしかなかった。

苦しかったはずだった。
でもその小さな世界では、上下関係が異様な渦を作り上げる。男のセクハラに抵抗を諦めた世界では「苦しい」なんて言えなかった。

泣くようなことじゃない。騒ぎ立てるようなことじゃない。周りがそう言って笑うのに、ワカリマシタ、と心に丁寧に蓋をした私は、それ以来「おかしい」と思うのに疲れ切ってしまった。

あの日蓋をした私を、フェミニズムはそっと抱きしめてくれた

大学三年生の春__私は部活を辞めた。なんかいろいろあって。
眠れず、無気力で、うつ状態になっていた自分を、誰も大事にしてくれなかった。自分だけでなく、いろんな友だちや大切な後輩が、大事にされていない環境に耐えられなかった。
大事にされていないの感情には、セクハラ容姿ハラの影響もあっただろうな、と今なら思う。

そして大学三年生の夏__私はインスタグラムでBuzzFeed Japanを見つける。
#wetooを掲げた、「だからあなたは一人じゃない」という動画だ。語りかけるような口調に、インスタグラムでは長い三分ほどを思わず再生して、私はぼろぼろと泣いていた。あの日、蓋をした私が。

『当事者自身がそれを嫌だって伝えるのがすごく難しくて』『いろんな被害に遭っている人がいて、それ言える人が少ないと思う』『自分が傷付いていることも見て見ぬふりをしてしまったりとか』『その人だけの問題じゃなくて自分の隣の人の問題』
『だからあなたは一人じゃない』

instagram

そうだよ、そうなんです。蓋をされた私がうわっと泣き出す。

あの日、私は友だちに抱きしめてほしかった

私は先輩から、性被害を受けたことがある。

飲み会の帰り、なんか潰れた友だちを一緒に私の家に運んでいた。それは別にいいんだけど、そのあと一杯飲むのも全然構わないんだけれど。「かわいいね」と言われたあと、ベッドに押し倒された。
抵抗する間もなくキスをされる。こんなもの、キスじゃないけれど。私は必死に舌を引っ込めて肩を押す。「いやです」「やめてください」そう言ってもしばらくはキスが続いた。
耳を舐められて、ぞわっとして肩を思いっきり押す。そこでやっと先輩は離れて、「いやなん」と真っ赤な顔で言う。嫌やって何回も言ったやろボケ、決め台詞みたいな顔すんなきしょい、いろいろ思ったけれど、私にできるのはこくり頷くことだけだった。

そっか、と名残惜しそうに呟いたまま、先輩は部屋を出て行った。隣にいた友だちが起きてきた。その子も、私がいない10分間でキスをされたらしい。私は怒りを覚えたけれど、友だちも心に蓋をしていたので、泣かなかった。余ったおつまみをふたりで食べて、別々の布団で眠った。

あの日、私は友だちに抱きしめてほしかった。怖かったねと頭を撫でてほしかった。でもされなかった。私も彼女にしてあげられなかった。あの日、抱きしめられそびれた私が、数ヶ月の時を超えて、抱きしめられた。『だから、あなたは一人じゃない』。涙は止まらない。

私も、と小さく声を出す

フェミニズムがこんなに暖かいものだなんて知らなかった。

#metooは知っていた。#kutooだって知っていた。でもそれだけだった。そうやって活動に起こして人を助けるだとか考えたことなかった。苦しいを言えない小さな世界にいた私は、そんなことしたって仕方ないと思っていた。

あの日、抱きしめそびれたあの子のことをぎゅっとしに行きたい。怖かったよね、と肩に彼女の頭を押し付けて泣かせてあげたい。過去の話だ。もうできない、当然だ。

SNSがあるから、私はフェミニストになった。あの日SNSで見つけた動画が、私を救ってくれたから。
顔を出して、実体験を話す勇気はまだない。でもこの性被害告白は、私にとってはじめての、そして大きな一歩である。
友だちに会って話をするとき、何気なく電話をするとき、私フェミニストなんだよね、と言ってみている。大学の専攻を倫理学に変えて、フェミニズムを勉強することにした。

そうやって少しずつ歩んでいって、私も誰かを抱きしめられる人になりたい。そう思って、私は今日も「私も」と小さく声を出す。