――インティマシー・コーディネーターの資格をとろうとしたきっかけを教えてくれますか。

それまで、私はアフリカが専門のロケコーディネーターをしていました。テレビ局と、現地をつなぐお仕事ですね。

そこで、芸人さんがライオンなどの獰猛動物に近づくロケを担当しました。制作側としては、芸人さんとライオンを近づけて面白い絵をとらなきゃいけない。そのためのプレッシャーがすさまじいわけです。芸人さんも芸人さんで、面白いことしなきゃ!売れなきゃ!みたいに思ってるわけですよね。

ロケ現場で、芸人さんが私に耳打ちしてくることがありました。「ももこさん、なんかあったらとめてください」って。私ももちろん、面白いものを撮りたい。だけど、それは命あってのことですよね。なので、そこは面倒くさいと思われても、その場の空気が悪くなっても、ちゃんと言ってかなきゃいけないなと思っていました。そこは、インティマシー・コーディネーターと一緒なのかなと思っています。

誰かが傷つきながら作った作品を、あなたは見たいですか

――特に20代の方たちがそこに違和感があるのかなというのは、私も感じています。「すごく好きな作品だったけど、そこに出ている俳優さんが『とても傷つく現場だった』と撮影後に語っているのを知って、もう作品も見られなくなっちゃった」と言っている子がいました。

PRするひとたちは、「体当たり演技!」「濡れ場に挑戦!」ってあおるけど、それを聞いて喜ぶのって誰なんでしょうか。そこを整理した方がいいんじゃないかなって。

俳優さんが本当にセックスしていると思ってる人はいないと思うんですけど、それだったら演技指導が入ることにも抵抗はないですよね。愛情を表現するセックスはこういう風に動けば良いっていうのを、プロが指導すればいいんじゃないかと思うんです。俳優の内面を見せる必要はない。それで、俳優さんの精神的負担が減るならそっちの方がよいですよね。

誰かが傷ついている作品で、感動できますか、っていう価値観が若い子にはあると思うんです。私たちも変わっていかないといけないなと思っています。人に優しい現場にしたい。

自分が持った違和感は一つずつ言葉にしていく

――日本のテレビ業界を見てて、気になることはありますか。

今回、資格をとるための勉強をしているなかで、性別、性自認、性的指向、性別表現などについて考える機会がありました。例えばトランスジェンダーの俳優さんがセクシャルなシーンを演じる時、前貼りや衣装はどうするのか、ですとか。

日本でもLGBTQの方は多くいるのに、ないことにされているなと気づきました。テレビ業界はマッチョな世界なんで、いまだに「ゲイネタは扱えないな~」と会議室で言っているのも聞きます。そこで持った違和感は一つずつ言葉にしていかないといけないなって思ってるんです。言ったら聞いてもらえるので。

未だに時代錯誤的な内容が、誰のストップもかからずに、公共の電波で流れてしまっていることに疑問を抱いていました。いままでは大丈夫だったけど、世間的にはすでにNGな内容が平気で流れる。そこで炎上して、作った側は初めて時代とのギャップに気づいたり。そういう状況を見て、知らないままでいることは怖いなと感じました。

もっと色々な人がいるんだよ、ということを知るきっかけを作りたい。「ダイバーシティ」をテーマに人がどう感じて、どういう表現を好んで嫌うのか、受け手側の気持ちが少しでも伝わる作品を制作したいと、資格の勉強をしていた6月にひらめいて、今年の夏に自主製作映画を撮り始めました。

8月に撮影したので、急いで編集して年内には完成させたいと思っています。時代にあった、いまだからこそのテーマなのかなと思っています。

日本は遅れてるから……で済ませちゃいけない

――日本で「インティマシー・コーディネーター」の仕事は広まりますかね?

米国ではこの仕事がうまれて約3年と言われていますが、まだまだ知られていない職業で、人によっては「ポルノ業界で働いているの?」と言われることもあるそうです。肉体的にも精神的にも安全な撮影をするためには必要な職業だと思うので、先ずはこんな職種があるという事を広めて、伝えていきたい。

ただ、やっぱり日本では難しいだろうなって思うんです。制作側からしたら、私はただの面倒くさい存在になっちゃうのは間違いないんで。今までは自分の好きなようにできてきたことに、いちいち言語化と理由が求められるわけですから。

でも、この職業の役割について説明すると、実は必要だって思ってたと言う人たちが案外多くて。日本は遅れてるから……で済ませちゃいけないと思います。変わらなきゃいけない。

後輩たちのために……と勝手にわかったように代弁すると「違う」って言われそうなので(笑)。あくまで主語は「私」で、自分が違和感を持つからこそ、面倒臭がられても声をあげていきたいと思っています。

●西山ももこさんプロフィール

高校から大学卒業まで6年間、アイルランドで学生生活を送る。その後 はチェコ のプラハ芸術アカデミーに留学し、(教育学部ダンス科で7年を過ごし、)2009年からは日本でアフリカ専門のコーディネート会社にて経験を積み、2016年 よりフリーランスに転向。 月1~2回のペースでアフリカ、欧米、アジアでの海外ロケだけでなく、国内でのロケ、また国内外のイベント制作に携わる。 

3/28発売!著書『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』

西山ももこ/論創社(1,980円)

『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』

俳優がより演じやすく。監督がより演出しやすく。 日本では数人しか従事していないインティマシー・コーディネーター。出演する側と制作する側のあいだに入り、おもに映画やドラマの性的シーンの内容について調整する。その仕事の詳細とは。そして、どんな人がいかなる思いで取り組んでいるのか。