「髪を切りたい」
さして大きくもないのに主張だけ強い胸のあたりまで髪が伸びてしばらくすると、その胸にとどまらず私の全身にはこの衝動が強く走る。そうやって何回も髪を短くしてきた。単に邪魔だから、ショートヘアが好きだから。一番強い理由は、“女らしくない”自分でいたいから。でも最近、その理由はもっとこんがらがってきた。
自分が女であることに違和感はないが、「女らしく」は嫌だ
幼少期から、数多の女性と同じく“女らしく”あるように教育を受けて、細々と抵抗した。祖父母に対する「じいちゃん」「ばあちゃん」呼びは、母によって“汚い言葉遣い”のレッテルを貼られながらも断行し、ズボンを穿いていれば脚を閉じずに座った。乱暴してくる男の子には、乱暴で返した(これは性別かかわらずやってはいけない)。自分が女であることに違和感はないが、“女らしく”に従いたくなかった。
でも、抵抗しきれなかった。ディズニープリンセスなど、典型的な“女らしさ”への憧れもあった。それと同時に、気づかぬうちに“女らしい”=“女という属性を持つ人間の価値”、“女らしい”=“男性に好かれること”という思考を経て、結果“男性に好かれること”=“女という属性を持つ人間の価値”と考えるに至った。
“女らしさ”を強制することに対しての嫌悪は消えていない。なのに、男性に好かれようとしたり、自分に女としての価値を認めていそうな男性を好きになったりした。
色々あり男性が怖くて話せなくなった私は「女としての価値」がない?
小学校高学年あたりからこの時期は始まった。といっても大層なものではない。“モテる”=“男性に好かれる”女の子たちの行動を部分的に真似した。
効果はなかった。冷静に考えれば当たり前だ。彼女らは容姿に恵まれていたり、物理的な家や家族も“オシャレなおうち”の子ばかりだった。「顔の各パーツは良いのにね」なんてお情けを言われてしまう、築40年の借家に暮らしていた平凡な家庭の私が同じ効果を期待する方が間違いだ。
むしろ逆効果かもしれない。大人しくしていた方が、女らしくて好まれたかもしれない。だがそれはそれで性格に合わないのでできなかった。つくづく向いていないと思う。結局、ただただ片思いばかり繰り返した。
そうこうしていると両親が離婚した。その過程で、私は父の数々のモラハラエピソードを母から耳にする。途端にこの世の男性がみんな怖くなった。学校で男子が隣の席に座っているのも、ショッピングモールの通路で知らない男性とすれ違うのも怖い。女性蔑視的な父の性質を全ての男性に投影して嫌悪し、敬遠してしまった。
でもどうしたものか、そんな恐怖の対象である“男性”に“好かれること”=“女としての価値”という認識は消えなかった。いや、消せなかった。なまじ成績優秀で、色々得意なこともあったので「女としての価値以外でやっていける!」と考えたりもしたが、“男性に好かれない自分”を見ては「一切価値がない」と思ってしまった。むしろ、以前より男性と話さなくなった自分は、ただでさえ無い価値がマイナスになった気すらした。
変われなくて苦しい…。だから私は、逃げるように髪を短くする
大学生になって、ジェンダー論やフェミニズムに触れ、“女らしく”の強制や私の父のモラハラの一端は、“性規範の押し付け”だと分かった。抵抗してもいいんだ、従わなくてもいいんだ。それに私の男性嫌悪は、“女らしさ”を押し付けるのと同じくらい理不尽であり、直す必要がある。“女としての価値”の有無にかかわらず、友人として接してくれる男性にも出会えた。
でも、本当のことをいうとまだ苦しい。私の周りの狭い世界は優しくても、広いこの社会は厳しい。何より、私の内側がまだ変わりきっていない。
「女らしくしなくてもいい、したくない。でも、男性には好かれなきゃいけない? いや、男性と話すのはまだどこか辛い」
そういう気持ちが爆発しそうになると、私の内と外を隔てる死んだ細胞が絡み付いている気持ちになる。髪のせいにする。髪を切れば逃れられる。ラプンツェルがショートヘアでハッピーエンドを迎えたように。次は襟足を刈り上げよう。ところが2回目の刈り上げでは求めていた解放感が得られなかった。髪をどうこうしてやっと、女らしさから逃れられた気になっている自分。そんな自分の苦しさに気づいたから。
変わらない世界と自分に戸惑って、考えたいことと考えていることが食い違う。その移行期間の自分を保つために、古い自分を切り落とすように髪を切っていたんだ。いつか「“女としての価値”なんてものが無くたって、生きていていい」と心の底から自分に言えるようになるだろうか。切り落として床に落ちた私は、安心して眠ることができるだろうか。きっとものすごく長い時間がかかるのだろう。刈り上げた襟足が、床で眠るたくさんの私に届くくらいに。