私が変えたい事は“相思相愛思考”だ。
“私があなたが好きだからあなたも私を好きであるべき”。そして、“あなたは私が好きだから私もあなたを好きであるべき”。
文字にするとややこやしくなるが、簡単に言うと好意の強要だ。一般的に多いのかは分からないが、私の周りにはこの思考に悩まされている人が多いように思う。前者は相手にストレスを与えているだろうし、後者は自分の意思に対して強要をしているので、大きなストレスがあるのではないかと思う。
好意を強要する関係は、ネガティブな関係になるのでは
前者はポジティブな人か人間関係に不安を抱えている人だと思う。私も私が好きな人は私を好きでいてくれるかなと思っている。ただ、”好きであるべき”とは思っていないし、別に嫌われててもいい。好意は強要しない。自由にしてくれスタンスだ。強要をし始めると相手にストレスを与えてしまうし、それは友人ではなくなると思う。
私も強要をしてくる人に出会った事がある。例えばランチをしたその日に「次いつ会う?」と聞かれるとドキッとする。次の予定を今決めてまで会いたいとは思わないからだ。私も以前は断るのもな...と予定をその場で決めていたが、最近はまた連絡するねと言っている。相手は私にまた会いたいと思ってくれているのだろうが、同時に相手(私)も自分にまた会いたいんだろうと好意の強要をしてくる。
どうしてなのかなと考えたときに、強要をしないと不安なのかなとふと思った。自分が好かれる自信がないから、強要をして関係を繋ぎ止めようとしているように思えてしまう。ただ、“好きでいてくれるだろう”くらいは思っていないとネガティブな関係しか築けなくなるから、そのバランスを私は気をつけている。
苦手な相手のことも好きでいなければと思い込んでいた
人間誰しも性格の不一致はある。私も勿論苦手な人はいる。ただ、「誰とでも仲良くできるタイプだよね」とよく言われる。そう言ってくる人は私の本質を見ていないから大体苦手な人である。「いやいや、そんな事ないよ。あなたの事苦手ですよ。合わせているのですよ」という心の声はミュートにしてある。ただ、この心の声をミュートにするだけでなく、心の奥底に隠してしまう人が多いように感じる。これが後者の“あなたは私が好きだから私もあなたを好きであるべき”という思考。
私も以前はこの思考がかなり強かった。特に学生時代は人間関係が狭く、苦手な相手のことも好きでいなければいけないと思い込んでいた。今となれば、仲良くしなければいいのにと思えるが、当時はそれどころではなかった。閉ざされた人間関係の中では一度でも失敗をすると再構築する事はできないと分かっていたから。正直キツかった。
自分自身にも相手にも、嘘のない好意を向けたい
そんな私がこの思考から抜け出せたのは、両親と親友のおかげだ。口には出していないが、人間関係に悩み落ち込んでいた私に、思いっきり愛情のある好意を向けてくれた。私の本質を見てくれる人いる、嘘のない好意を向けてくれる。それだけで、私は自分が誰に好意を向けるのかを縛る理由が無くなった。
同時に苦手だった相手にも失礼な事をしているのではないかと思い始めた。思ってもない事に頷いてみたり、共感してみたり。私自身、相手に向き合えてなかったのだと反省した。自分自身に“好意の強要”をしなくなってからは、随分気持ちが軽くなった。
最後に。私は2匹の猫と暮らしている。猫は正直だ。私の側にいたい時だけ来て、こちらが近くと逃げていく時もある。夏は暑いから近寄らないのに、冬寒くなるとお腹の上でゴロゴロ喉を鳴らしている。それでも私は猫たちのことが大好きだ。人間関係はここまで自由にするのは難しいかもしれないが、誰が誰を好きなのか強要なんてせず、それくらいシンプルなのが幸せなのかなと思う。