あいみょんの「生きていたんだよな」という曲を知っているだろうか。歌詞を読むとかなり重たくて激しいが、あいみょんの優しさと愛を感じられる素敵な曲だ。この曲に出会ったのはつい最近のことで、最初に聴いた時ふとある出来事を思い出した。

ストレスの根源は、クラスに馴染めないことと、受験のプレッシャー

高校三年生の時、2週間ほど微熱が続いて学校を休んでいた。原因は風邪でも病気でもなく、ただ微熱だけがずっと治らなかった。母はずっと熱がない限り学校に行かせていたので、当時は身体がストレスに耐えきれなくなっていたのだろう。ストレスの根源は、クラスに馴染めないことと、受験のプレッシャーだった。熱が出ている間は、何もしないことを許された。ゆっくり起きてテレビを見たり本を読んだり、ご飯を食べて家で静かな時間を過ごすことができた。

私は10代の頃からあまり”生”に対して欲がなかった。本気で生きるのが嫌になっていた時期もあった。大学受験に失敗して浪人していた時だ。もし2回目の受験に失敗したら、何もかも諦めてしまおうと思っていた。こんな試練も乗り越えられないようでは、私の人生に意味なんてないように思えたからだ。

無事に大学は受かったけれど、今度は目が回るほど多忙な日々が始まった。大抵の忙しさなら我慢できたが、時々気付かないうちに度を超える時があって、身体が逃げろと信号を送ってきた。それに気づくのはいつも「死にたい」とふと思う時だった。死んだら今やらないといけないこと、全部やる必要がない。そうなったら楽だろうなと。そんな時は死にたい自分と、死なせたくない自分が戦っているように感じた。例えば忙しい日の駅のホームで、意識的に背中を壁に押し当てているようなことが度々あったのだ。

大学を卒業する頃、もっと広い世界で色んな経験をしたいと強く望んだ

生きたいと思い始めたのは、大学を卒業する頃だ。自分の中にある、たくさんの大切なものに気が付いたのだ。大切な家族、可愛がってくれた先生たち、蓄積してきた知識とかけがえのない経験。生きててよかったと思えるほど嬉しいこともあった。今死んだら勿体無い、もっと広い世界で色んな経験をしたいと強く望んだ。初めて「生きたい」と思ったのだ。

2020年の春頃から始まったコロナ禍の影響で、ヨーロッパに留学中の私は3月から5月いっぱい日本の実家に帰っていた。ヨーロッパでの爆発的な感染者数の増加とロックダウンにより、東アジア人への風当たりが強くなったことを肌で感じ、安全を優先してのことだった。実家に帰ると、すごくホッとしたことを覚えている。それは安全面だけではなく、世界が停止せざるを得なくなることで、私自身が休むことを許せたからだった。思えばおよそ10年間も必死に走りっぱなしだった。コロナ禍により学校もストップし、やらなければならないことが一つも無くなってしまったのだ。

心に圧力をかけていた色んなものがなくなった時、五感はこんなに研ぎ澄まされるのかと驚きだった。外から聞こえてくる木の葉の音、鳥の鳴き声、自転車のブレーキの音。ときどき風に乗って届けられる花の蜜の香り。青い空に白い雲。家族と食べる母の手料理の美味しいこと。頬に触れる毛布の柔らかさ。当たり前のことがこんなにも繊細で素敵なことだったなんて、ずっと前に忘れてしまっていた。

精一杯生きるとは、どういうこと? 劣等感を感じる必要は絶対にない

「『今ある命を精一杯生きなさい』なんて綺麗事だな」。あいみょんは曲中でそう歌っている。精一杯生きるとは、どう生きることなのだろう。それはきっと他者が判断することではないはずだ。現代の地球上では、人生の意義とは「生きる」ことではなくて、「何かを成す」ことになっている様に思う。そして先進国の中でも特に自殺率の高い日本では、特にその兆候が強い気がする。人は必ず何かのために生きなければならないのか。生きる理由を見出すことだけが、人生なのだろうか。きっとそうではないはずだ。人生に優劣など存在しない。だから自分の来た道を省みた時、劣等感を感じる必要は絶対にない。

少しの休みを得た私はまた「何者かになる」ために走り出した。これからきっと私はまた、険しい道を孤独と戦いながら進まなければならない。けれど時々、身体が意識以上に自分を慈しんでいる瞬間を感じるだろう。その時、私は身体に言ってあげたい。
「ありがとう、生きたいんだよな」と。