私を変えたひとことは、誰かに言われた言葉じゃなくて、自分の中からふとした瞬間に生まれたひとことというか、自分自身に向けて掛けたひとことだった。

「別れよう。」大学卒業後、就職もせずゲームに明け暮れていた彼氏に、私は別れを告げた

社会人4年目に差し掛かかる前のこと、私を変える出来事があった。
それは、大学時代からずっと付き合っていた同い年で同じ学年の彼氏が、私より2年ほど遅れて大学を卒業をしたが、就職をしようとせず、毎日ゲームに明け暮れていたことだった。
就職しない理由を直接聞いたことはないが、自ら進んで応募した大学時代のインターンシップで酷い扱いをされ、社会に出ることに抵抗を感じていたのと、一時期バイトをしていたコンビニの店長から理不尽なことで怒られ、辞めさせられたことなど、働きたくない理由は色々あったのだろう。

私は、彼氏が就職せずにゲームに明け暮れていることがショックだった(ということ言葉が適切か分からないが)。私の心の中はいつもモヤモヤしていて、友達と会って話す時も相当深刻な顔をしていたような気がする。

彼氏はパソコンや携帯などの機械に強く、かつ探究心も強く、コミュニケーション能力も高い方だと私は思っていた。
そのため、社会に出てもきっと上手くやっていけるのにな…と思っていたので、とても歯痒い気持ちだった。

恋人とはなるべく対等な立場で居たい派の私にとって、気軽に職場の話や上司の話などが出来ないことが徐々にストレスに思うようになってきて、ある時「別れよう。」と新宿駅前で泣きながら伝えたことは鮮明に覚えている。

「働きたいけど働けない人」を支える仕事がしたい。そうすれば、別れた彼氏を変えられる

私は一人暮らしをしていたこともあり、家に一人でいるときはとても孤独を感じ、別れた彼氏のことをずっと考えていた。

ちょうど仕事に慣れてきて、自分の力で、ある程度仕事をコントロール出来るようになってきた頃、仕事の移動中には転職サイトをよく見ていた。漠然と転職を考えている中で、次の仕事では「働きたいけど働けない人」や「働いているけど困っている人」を支える仕事に就きたいと思っていた。

そんな中、私にぴったりな資格が目に止まり、翌日には資格に関するセミナーを聞きに行って、翌々日にはセミナーの契約をしていた。当時のことを思い出すと、自分でも怖いくらいの行動力だったな…とゾッとする。
その資格を取れば別れた彼氏を変えられる!就職して社会に出れるようにしてあげられる!と強く思っていた。実際、この気持ちは資格の勉強のモチベーションとなり、何とか資格を取得することができた。
仕事中も空き時間があれば勉強し、家でも毎日のように勉強をしていた。友達と会う時間も減らし、1人殻に篭っているような日々を送っていて、とにかく無心で突っ走っていた。

人の事は変えられない。彼氏を変えようと意気込んでいた私の脳裏にその言葉がよぎった

そんなとき、「人のことは変えられない。」というひとことが私の脳裏をよぎった。私が彼氏を変えてみせる!と勝手に意気込んでいたのに「たしかに、そうだよな。」と妙に納得したことを覚えている。

私は自分自身を見失い、心ここに在らずな状態で数ヶ月生活していたことに気がついたのだった。「人のことは変えられない。」という言葉はネガティブなように感じるが、私はネガティブには捉えず、変えられないけど「きっかけは作れるかもしれない。」とポジティブな解釈をするように心がけていた。

当時は、冷静に考えることが出来ていなかったが、彼氏が就職できないことに責任を感じていたことや、私という存在が悪かったのではないかと思ってしまっていたこと、彼氏のご家族に申し訳ないことをしてしまったという思いがあったことなど、そのひとことで私が気付かされたことがいくつもあった。当時の私は勝手に悩んで、自分に呪いをかけているかのようだった。

自分で自分を追い詰めていたことに気がつけたひとことが「人のことは変えられない。」という言葉だった。私がどんなに頑張った所で他人は変えられない。
けれど、きっかけは与えられるんじゃない?と考えることで気持ちがとても軽くなった。

このひとことには今でも助けられることがある。例えば、嫌な上司が放った言葉に対して自分のせいとは思わず「こういう人なんだな。」と思うことで、ならしょうがない!と落ち込まないようになった。

一見ネガティブなこのひとことは、自分仕様にして正しく使えば、自分を守ってくれるひとことだと私は思う。