「彼女にするならこんな子がいいな」それが第一印象だった。
「奥ゆかしい」という言葉がピッタリだ。黒髪セミロング。150センチぐらいでとても華奢。人気漫画から出てきたような美少女。それでいて、性格はとても大人しく、動作一つ一つが丁寧でゆっくりとしていた。

私は正職員で、隣の席に座るペアの彼女は契約社員だった。でも、私が後から異動したので、彼女は私の先輩にあたった。ファイルの場所から仕事のやり方まで一つずつ丁寧に教えてくれた。ちょうど、人がどっと入れ替わったこともあり、彼女は自分以外の仕事も嫌な顔一つせずやってくれた。責任感がとても強く、私が困っているといつも隣で付き添ってくれた。
私がすぐにコクッと眠くなってしまうような、些細な書類の正誤チェックも、彼女にはお手の物だった。1つ年下だったけど、私は几帳面で、内面も外見も美しい彼女に憧れていた。丁寧に生きることの大切さを毎日教わっている気分だった。

いつも隣にいたのに、彼女の悩みに全く気づかなかった

そんな彼女が、ある日を境に遅刻したり、当日になって「家庭の事情」ということで休んだりすることが増えた。最初は特別気にはしてなかった。けれど、ある日同僚に、「〇〇ちゃん(彼女)が暗闇の中、あっちの部屋で机に突っ伏して座ってたよ」と言われた。そんなことある?と最初は半信半疑だったが、ちょうどその頃から彼女から徐々に笑顔が消えた。

私はある日思い切って「奥の部屋で話しませんか?」と提案し、ゆっくり2時間程話すことにした。そこで彼女は、出勤直前に悲しくないけれど涙が止まらないこと。自分の仕事が間に合わなくて焦っていることを泣きながら語ってくれた。
いつも隣に座って一緒に仕事をしていたのに、私は彼女がそんなに悩んでいることに全く気がつかなかった。私はどこか彼女任せだったし、2人で雑談をすることはほとんどなかった。コミュニケーションをとることをおざなりにしていたのだと思う。物理的距離は近かったけれど、心と心の距離は非常に遠かったのだろう。だから、彼女が仕事でアップアップしてたことにも気がつかなかったし、家庭の事情で休んでいることを一切疑わなかった。

上司と私はひどく落ち込んだ。なぜなら、一見すると笑いながら、時に上司は冗談を言いながら、うまくやっているように見えたからだ。でも、それはほんの表の表の表の面で、実際は彼女を孤独にさせ、苦しめていたのだろう。周りのみんなは「あなたのせいじゃない」とフォローしてくれたけれど、100%ではないにせよ、いくらかは私にも非があっただろうし、その正解は彼女しか知らない。

次に隣に座る後輩には、絶対に孤独な思いをさせない

彼女は結局、しばらくして退職することになった。最後に会うとき、私はショッキングピンクの花束と手紙を渡し、腕を組んで写真を撮った。彼女は最後の最後まで美しくかわいく笑っていた。でも、心の中では笑っていなかったかもしれない。私のことを死ぬほど恨んでいるかもしれない。けど彼女は本当に優しいから、きっとそれは誰にも言わず、心の内に秘めるだろう。

たまに無性に彼女に会いたくなる。でも、もう会うことは彼女のためによくないこともわかっている。だからもう会わないしLINEも送らない。本当は目を見て、「あのとき、何も気づいてあげられなくて、ひとりぼっちにして本当にごめんなさい」と謝りたい。

だから、私は決意した。次私の隣の席に座る後輩には絶対そういう孤独な思いをさせないと。
私はそのためにコミュニケーションを徹底した。いつインフルエンザにかかっても問題ないぐらいには、仕事を共有するようになったし、後輩の表情を見て、何かにムッとしてるときはとことん別室で話し合うことを提案した。そして何より、働いてもらえることに言葉で敬意を表すことにした。

笑顔で話しているからと言ってそれが真実とは限らない

人と人との人間関係は難しい。この問題の方程式だけはどこにも正解は書いていない。感謝を伝えること一つにしても、できていると思っているのは自分だけで相手にまったく伝わっていないかもしれない。笑顔で話しているからと言ってそれが真実の笑顔とは限らないのだから。

でも、今の私はあのときの私よりはましなはずだと信じたい。
今辞めてしまった彼女と一緒に仕事ができたら、また違う付き合い方ができたかもしれないなと思う。好きな食べ物も知りたいし、面白いことを言って居心地の良い空間をつくりたい。でももうそれはできないから、私はこのことを忘れずに今できることをするしかないんだろうなと思う。