13歳の時、ある女の子に恋をした。
私達は何をするにも一緒で、互いに抱く想いも同じだと信じていた
彼女は小学校最後の秋にやってきた転入生で、クラスの友情が既に仕上がっていた教室で、ひとり、意に介さない様子で座っていたのが印象に残っている。
そんな彼女に声をかけて意気投合、中学に進学する頃にはすっかり仲良しに。無邪気な笑顔や突拍子もない天然のボケが可愛くて、それはもう可愛くて、染まるように好きになった。
人付き合いに頓着が薄く、転校前はほとんど友達を作らなかったそうだ。こんなに仲の良い友達ができたのは初めて、と告げる彼女の言葉は舞い上がるほど嬉しかった。
私達は何をするにも一緒。同じ部活に入り、土日は必ず電話する。出かける時は手を繋ぎ、イヤホンを片耳ずつ分け合って歩いた。彼女も私と同じ想いである気がした。
同級生と喧嘩して、逃げた私は彼女が追いかけてくれるのを待っていた
中学3年になってすぐ、私は彼女のクラスメイトと衝突する。
思春期のコンプレックスを色々抱えていた私。その痛点をわざと人目に晒され、つい感情的になってしまった。恥ずかしさと腹立たしさで頭をいっぱいにしながら喚いて、相手はもちろん近くにいた彼女すら残して私はその場から逃げ去った。
走りながら、心の隅で彼女が追いかけて来てくれるのを待った。
その夜、心配した彼女が電話してくれるのを待った。
次の日、あの子酷いよねって彼女が私に味方してくれるのを待った。
どれもただの待ちぼうけに終わった。
ずいぶん後で、彼女はその時何が起こっているのか解っていなかったのだと知る。そんな事を想像できないくらい、私は平静を失っていた。
彼女にとっては私の異変も、この関係性も、取るに足らないものなのかな。情緒不安定な他クラスの私より、平然としている同クラスの子を選ぶかもしれないよね。ネガティブな妄想を巡らせていた時、喧嘩相手と変わらず接している彼女を見て心は簡単に折れてしまった。
彼女は私たちを仲直りさせようと相手を説得してくれていた。自身は何も悪くないのに、謝りにも来てくれた。見たことのない不安げな表情で。
「どうして怒っているのか分からないけど、何かしたのならごめん」
私は分かって欲しかった。彼女に誰より私を求めて欲しいと思っていること。そしてこんな時にこそ、それを明確に態度で示してくれるのを期待していた。だからこの期に及んで分からないと言う彼女が憎らしかった。
私たちの関係には「媒染液」が必要だった 今でも彼女の夢を見る
だけど本当に分からず屋なのは私の方だ。どう考えたって彼女は十分に立ち回ってくれていた。あの友達も作らず平気な顔をしていたような彼女が、私のために。それに対する私の態度は、彼女からしてみればただの意地悪でしかない。
私の不安はやがて強情に、彼女の不安はやがて私の理不尽に対する怒りに変わった。
あれこれ求めてしまうような好意の持ち方も確かにあるけれど、口約束する勇気もないうちは、安心を相手に求めてはいけないことに私はまだ気づけていなかった。
話は逸れるけれど草木染めの工程を見て、がっかりしたことがある。花びらの色で糸が美しく染まったのに、色落ち防止のために媒染液へ浸すと思いもよらない色に変わってしまうのだ。人生じゃん。と思うと自然の恩恵も俗物みたいに感じてしまって落胆した。
染物なら、結果として良い物に仕上がることもあるし、使えばそれなりに愛着が湧きもするのだろう。だけど私は最初の色が忘れられなくて足掻き、後戻りできないところまで行ってしまった。媒染液すら間違えていた可能性だってある。
彼女の人生に二度と関わらないと約束して私達は終わった。
ここに綴った全てについて悔い、謝りたいと思えるようになったのはそのしばらく後。もう彼女に何も伝えられないことが、私の戒めとなっている。
それなのにこうしてつらつらと、謝罪を語る私は身勝手な子供のままなんだろう。彼女に染まった頃の綺麗だった糸の色を、私は今でも彼女に見せられたらと考えているのだから。
14年たった今でも夢に見る。彼女のいる夢は決まってあの校舎の中で、私は今度こそ彼女を無為に傷つけない道を選ぶんだ。