4年と8ヶ月付き合った恋人に、電話一本でさくっと振られた。
「ねえ、何か言いたいことある?」と聞いてしまったのはわたしの方だった。不思議なもので、こんな時は導かれたかのように余計な一言がでてきてしまうわけだ。
 あ、これはよくない展開だぞ。気付いた時には遅かった。

 数秒の間のあと、鼻をすする音とともに「別れたい」とかろうじて聞こえた。なるほど、そうきたか。どうして会った時に言ってくれなかったんだ?ずるい。ずるすぎる。
 顔を合わせることもなくあっさり終わった。長い恋物語のエンディングがこれかい。泣きたいのはこっちに決まっている。ショックを余裕で通り越したわたしは、駄々もこねずに「わかった」と告げた。

 3月だった。ああ、そうだよね、新年度に向けて心機一転したい時期だよね。と、無気力に自分を納得させて、えんえん大泣きをした。次の日もたくさん泣いた。
もちろんそれからしばらく、どこにいても朝も夜も食事をしていてもお風呂に入っていても涙がぽろぽろこぼれ続けていた。
あんまりに撃沈していたわたしに気を使う父と母の言動にさらに悲しさは増した。そしてまた泣いた。

彼を忘れるために仕事に没頭しすぎて身体を壊した

 わたしは彼と結婚したいと思っていた。本当に思っていた。とにかく大好きだったのだ。20代前半の思い出は彼と過ごした時間ばかりだった。
 それから、彼を忘れるために仕事に没頭した。わたしったらベタなやつだな、と思いつつそれくらいしか前に進む術がみつからなかった。仲のいい友達にたくさん話も聞いてもらった。お酒もたくさん飲んだ。ついでに、勢いで全身医療脱毛70万円のローンを組んだ。それでも、ことあるごとに彼を思ってしまっていた。

 10月。仕事に行けなくなった。文字通り、昼夜問わず働いていたのが祟って、うっかり身体を壊してしまった。ちょっとだけキモチが元気を取り戻してきた矢先に、恋人も仕事も失うなんてあんまりだ。まだ医療脱毛のローンだって残っているというのに。また、悲しくなってきた。
 病院とハローワークに通う日々。満身創痍のまま年を越して、しばらくゆっくりと過ごした。これ以上失うものはそうそうないだろうと思ったら、だんだん可笑しくなってきた。またちょびっとづつ、わたしの調子でやっていこう。
 東京にめずらしく雪が積もった日、犬と土手を散歩しながらそんなことを思った。

この世の終わりというくらい落ち込んでいたあの頃の私に教えてあげたい

 それももう、4年前の話だ。振られた時のことを思い出すだけでも時間がかかる。彼の顔すらもぼんやりとした記憶の中だ。
 なにをそんなに大好きだったのか。結婚もタイミングではなかった。長い恋物語のエンディングなんて言っていたが、四コマ漫画の間違いであろう。
 でもやはり、あの時電話の向こうで彼が泣いていたのだけは腑に落ちない。あれはどう考えても泣きたいのはこっちに決まっていた。そういえば、あのあと泣きながら彼の荷物を段ボールに詰めて送ったんだった。いまのわたしなら置き去りの荷物なんて確実に捨てている。この世の終わりだ、なんてくらい落ち込んでいたわたしに教えてあげたい。
 あなたは、自分が幸せになることを誓って、踏ん張っていく。友達家族が支えてくれる。身体はぴんぴんで、仕事にも程よく励んでいるぞと。
 それと、別れの後はばっちり出会いがあるぞと。
 医療脱毛のローンも完済して、自分好みのつるつるのお肌になった。勢いと悲しみのエネルギーも捨てたもんじゃない。
 電話一本でさくっと振られた日から、わたしはわたしらしくなれた気がする。