女子のグループではぶかれたくない。私は一匹狼で過ごした

私は高校進学の際、女子校を選んだ。
女子校を選んだ理由はなかった。むしろ嫌だったと思う。
それでもその学校を選んだ理由は、プール授業がないこと、始業時間が他校より比較的遅かったこと、施設が綺麗だったこと、学力的に入学できること、くらいだったと思う。
入学してやっぱり後悔した。
私には、女子特有の雰囲気が苦手だった。
女子特有の雰囲気とは、例えばグループをつくって、グループ単位で行動したり、グループが一度できるとなかなかその輪の中に入れなかったり、逆に抜けられなかったりなどだ。
初めてクラスメイトと顔合わせした登校一日目で、なんとなくグループができた。私は、人に話しかけるのが苦手で、そもそもルックスとか能力とか、他の人と比べて自信が持てるような部分がその時の自分には無いと思っていて、だから、そういう自分が持っていないものを持っている子に話しかける行為が怖くて、おじけ付いていた。
そのおじけ付く気持ちは、同性に対してだと顕著に現れたように思う。今思えば、高校進学に限らず、小学生くらいの小さい時からそういうのはあった。
女の子同士がお互いにレベルをチェックし合って、レベルが合いそうな子とは仲良くなり、そうでない子は、省くターゲットにされる。レベルとはルックス、学力とか運動とかの能力、持ち物のセンス、とかだったと思う。
今でこそ、レベルとはなんだったのか、どうして同性に対しておじけ付いてしまっていたのかを言語化できる。しかしその当時の自分は無意識下で不快感をもっていたため、その不快感をずっと抱いたまま高校まできてしまった。
秀でているものがない自分が、そういうものを持つ子に話しかけたり、仲良くしようとすると、疎まれるのではないか、仲間としてみなされず省かれてしまうのではないか、それならいっそ、最初からグループに属さない方が楽なのでは、そんな思考に陥り、結局3年間、一匹狼になった。
とはいえ、一匹狼で居続けると授業で不都合が生じるので、いろんなグループにその都度補助員的に入って一時的にそこで過ごした。
こういう生活は苦しかった。
やっぱり、気の合う子は欲しかったし、休み時間とか、放課後とか、友達同士で遊んだりする姿は羨ましかった。
部活などもあったけれど、上記の理由から加入しなかった。それだけ、仲間外れにされることを極端に怯えていたと思う。
ただ、こういう生活を送ったことで、他にやることがなかったので、学力が上がり、高校入学前の自分では考えられなかった大学に進学できた。
あと、ペン習字や裁縫、料理だとか所謂女子教育的なことが多く行われたため、女子教育って自分で言っておいて、その言葉は気に入らないけれど、大人になっても少しはそれらが役立っている気がする。
結果オーライではあるものの、貴重な青春期をドブに捨てたような気分で、今でも時々後悔する。
もっと、高校生らしい、無邪気な時間を過ごしてもよかったのではないか、いろんなことに縛られずに自由に過ごしても良かったのではないか、と思ってしまう。
けれど、「無邪気」とか「縛られない自由」だとか、そんなものはその時の自分に気付くはずもなく、またそんな余裕もなかった。環境を選ぶ選択肢は、ある程度周囲からの提示がなければ分からなかった。
私の母親は女子校出身で、しかも楽しく青春を過ごしたようで、なんら私の想いを汲み取ってはくれていなかった。ゆえに、私自身の進学の選択肢も視野が狭くなってしまった要因の一つのように思う。
じゃあ、共学に入ったらこれらのことがまるっと変わったのか、と言われるとそれも難しいことな気がする。共学に入学したら今度は異性からの評価なんかも気にしてしまうように思う。
では結局どうしたらいいの、ってことになるのだけど、結論は正解はないってことになってしまうと思う。
今、大人になった自分が過去を振り返って、つらつらとこうやって書いているわけだが、過去に起こったいろんな出来事は、過去に選んできた選択肢が繋いできた結果であるわけで、その時の選択肢が今をつくっている。
と、抽象的な言い方になってしまったが、何が言いたいかというと、選択肢が限られていると、そこにしか目が向かなくなってしまい、限られた思考に囚われてしまうと思う。
ここでいうと、女子のグループに入ると省かれてしまう、のようなことで、別に女子のグループっていう概念をそもそも持たなければ楽だったかもしれないし、あるいは、もっと別のコミュニティの存在を知っていたり、つくっていれば、辛い青春時代を過ごさなくて済んだかもしれない。
女子校でも、共学でも、自分が何をしたいか、やりたいことは思い切りやるというのが良いのではないか、と思う。それで、やりたいことがあれば環境を整える必要があるので、難しいけれどできるだけ周りに協力を仰ぐこと、そういうことが出来れば、そこで身についた経験や知識や力が大人になった自分を助けてくれるのではないかと思う。
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