私は両親に謝りたい。できることなら過去に戻って、両親に面と向かって謝りたい。「女子校で良かったよ。せいちょうできたよ」と言いたい。

自分に自信がなく、ずっと引っ込み思案な性格だった私に転機が訪れた

幼少期から、私はずっと引っ込み思案な性格だった。小学校のクラスで何か出し物をするときは、裏方に率先して回るような性格である。
毎日のように行われるドッジボールは私にとって苦痛の時間でしかなかった。先にボールに当たって、外野に行くのは目立って恥ずかしい。でも運動ができない私は最後まで残ってチームメイトに期待されても困る。毎日のように「よし、ここで抜ければ目だたない」と考えてわざとボールに当たりに行っていた。今でも鮮明に覚えている。

自分に自信がなさすぎた私に転機が訪れるのは中学入学以降である。親の考えで中高一貫の女子校に入ることになった。それまで共学で過ごしてきた私にとって、そこは異空間であった。先生以外は皆女の子なのである。

自分の意思ではない女子校入学に、両親へ不満の気持ちがあった

女子校に通ってすぐ、私の頭の中は「私の意志じゃない女子校に入ってしまって最悪」「中学受験させられて、女子校に入れられたせいで恋愛から遠ざかってしまった」と、受験を“させた”両親に対する不満の気持ちがあった。細やかな女子校の教育方針では、「目立たないように、陰のように生きること」が大変難しいのである。

しかし、しばらくすると女子校に馴染めた。女子校での中高生活は思いの外のびのびと生活できたのである。女子だけの環境は共学よりも自分の個性を認めてもらえる場だった。「男子からの目」がない分、皆ありのままの自分を表現して、フィーリングが合う仲間を見つけていく。いじめ等がゼロだった訳ではもちろんないが、あったとしても1年後には仲良くお互いを認めあう環境である。引っ込み思案だった私も、周囲の同級生と同じように、自分の意志や考えを少しずつ外に出せるようになった。そしてそれが普通になった。

大学では主体的・積極的に活動。小学校時代では考えられなかった

時は巡り、私は大学生になった。学習したい内容の関係で、大学からは共学を選んだ。共学は小学校以来で初めのうちは緊張した。大学に入学してすぐ、グループディスカッションの機会があった。テーマを先生に与えられて私のグループは男子ばかり、慣れない環境だ。しかし、お互い初対面で進まないディスカッションにしびれを切らした私は意見を言ってみた。小学校時代では考えられなかった行動である。結果、私のグループでは私の案が採用され、後の発表の場では、その意見が賞賛された。

小学校時代だったら緊張して、意見を持っていても「いいや」と思ってしまっただろう。中高時代の女子校での経験が、私を変えた。「まず、やってみよう」という精神を手に入れた。大学生活では、主体的・積極的に活動や学習に励めている。時にはチームのリーダーになることまである。

私は両親に謝りたい。あの日に女子校なんて嫌だったと言ってしまったこと。中学受験しなければよかったと言ってしまったこと。恥ずかしくて、直接声に出して言えるようになるのはずっとずっと先になりそうだが。