汗と青春。かつて私も全てを捧げて挑んだものがある。
あの夏を私はずっと忘れない。
また音楽室で練習できるように。コンクールに向けて練習した最後の夏
学生時代、私は吹奏楽部に所属していた。担当は金管楽器のホルン。
目立つ楽器ではないが、柔らかい音で周囲を包み込み、ゆったりと支える、そんなところが大好きだった。
吹奏楽部にとって、夏は勝負の季節だ。「吹奏楽の甲子園」とも言われるコンクールが行われるからである。このコンクールのために、夏休み返上で朝から晩まで練習に明け暮れていた。
高校3年生、私たちにとって最後の夏がやってきた。
ウォークマンで練習の音源を聞きながら階段を上がる。
「おはよう!」
「今日も朝から暑いね~」
準備室のドアを開け、楽器のケースを取る。書き込みだらけの楽譜はすでにボロボロだ。
席に座り、全員で音合わせをする。結果を残すためには、少しの音程のズレも許されない。神経を研ぎ澄ませながら楽器に息を吹き込む。
調整が終わると、コンクール曲の合奏が始まった。テンポを落とし、丁寧にメロディーをなぞる。徐々にテンポを上げていく。和音のバランスを確認する。吹いてはやり直し、吹いてはやり直し、の繰り返し。終わりの見えない戦いだ。汗をぬぐう暇もなく、私たちは音楽に没頭した。
「明日はいよいよ関東大会だね」
「また、音楽室で練習できますように」
「心に訴える演奏を!」合言葉を胸に臨んだ本番は一瞬で終わった
コンクール当日。強烈な日差しと、蝉たちの声が騒がしい。大型バスに揺られ、会場へと向かう。飲みすぎた麦茶のせいか、車内の冷房のせいか、少しだけお腹が痛くなった。怖がることは何もない。あんなに練習をしてきたのだから。分かっているのに。
会場に着き、舞台に乗らない部員へ荷物を預けた。私たちの出場する部門には演奏者30人までと人数制限がある。部内選考で合格した者のみが舞台に乗ることができる。
選考に落ちた者は、来年に向けての練習をしながら、コンクールの手伝いをする。
「サポートメンバー」なんて洒落た名前がついているが、彼らの悔しさは計り知れない。
戦う者、戦わない者、それぞれのドラマがある。微笑みながら見送るサポートメンバーへ、気持ち会釈をした。
階段を降り、舞台袖に移動をした。楽器を持つ手が震える。
たった7分しかない曲に、どれほどの時間を費やしただろう。苦しかった。それでも、自分を信じて、仲間を信じて、ひたすら前を向いて走り続けてきた。一つ一つの音に想いをのせて、届けるんだ。
「心に訴える演奏を!」
「心に訴える演奏を!」
合言葉を胸に、舞台へ上がった。ライトが突き刺すように私たちを照らす。
大きく息を吸った。無我夢中で奏でた。
私たちの音楽が、ホールいっぱいに響く。
本番は一瞬のうちに終わった。
わずか2点差で進めなかった次の舞台。長い夏が静かに迎えた終わり
私たちの学校には金賞が贈られた。金賞の団体のうち、上位3校が次の東日本大会に進むことができる。
私たちは4位だった。
3位の学校との差、僅か2点。
私たちの長い長い夏が、静かに終わった。
大人になった今でも、夏が来ると思い出す。
全てを捧げて挑んだあの日々。
青春を共にしたあの曲は、まだ身体が覚えている。
一緒に汗を流した仲間は、今はそれぞれ別の道を歩んでいる。
全員が集まるのは、もう二度とないかもしれない。
けれど、夏が来る度にみんなあの日々を思い出すのだろう。これからもずっと。