「結婚して、幸せになってね」。彼に言われた最後の言葉だった。……こうして書くと、別れた恋人の言葉みたいだが、そうではない。

私と彼の関係を表すのならば、ただの上司と部下だ。共通点は同じ会社だったというだけ。連絡先も誕生日も好きな食べ物も知らない。それでも好きだった……。

新卒で入った店舗にサポートとして来てくれた彼に惹かれていった

初めて彼に会ったのは、新卒として入った店で、レジ打ちをしていた時だ。人手不足だった店にサポートとして手伝いに来てくれた。第一印象は、大人しそうで優しそうな人。ただそれだけ。

店は慢性的に人手不足だったので、彼は、たまに手伝いに来てくれるようになった。まだ、そんなに月日が経っていないのに名前を覚えてくれたり、差し入れをくれたり……そんな心遣いが嬉しかった。

お客さんに聞かれて困っている時に助けてくれた。仕事でわからないことを丁寧に教えてくれた。そんな何気ない日常だけれど、少しずつ話をしていくうちに彼の人柄に惹かれている自分がいた。

仕事熱心で頼り甲斐があるけれど、少し口下手。まっすぐで我慢強い性格。普段は、しっかりしているのに、たまに子供っぽいところが可愛い。顔を合わせていくうちに、和らいでいく表情にときめいてしまって……もっともっと話したい、仲良くなりたいと思ってしまった。

望みはないと分かっていても、簡単に割り切れないものが「感情」

入社1年目の冬、バレンタインの季節。直属の上司に渡すついでを装って、彼にも渡した。驚きながらも喜んで受け取ってくれた。

1ヶ月後、ホワイトデーのお返しにクッキーを貰ったが、他の人に頼んだものだったらしい。忙しい人だから買いに行く時間がなかったのだろう。

でも、やっぱり私に対する感情はただの部下。それ以外、きっとない。改めて痛感してしまった。その一瞬で、穴が空いた風船みたいに膨れ上がった気持ちが一気に萎んでしまった。

しかし、望みはないと分かっていても簡単に割り切れないものが感情らしい。この気持ちは吹っ切ろう。忘れよう。新しい恋をしよう。そう何度も決意はするのだけど、そういう時に限って彼は現れる(本当は偶然だが)。

そして、簡単に私の決意は揺らぐ。まだ、諦めなくても良いのではないか? 「好き」と「諦めよう」を繰り返していたら、気づいたら社会人2年目が終わりを迎えようとしていた。

久しぶりに会った彼が、ぽつりと呟いた。「しばらく会えない」。しばらくとは、どのくらいの期間なのか、再びまた会えるのか? 聞きたいことは沢山あった。

でも、私の口からは、「仕事、辞めるんですか?それとも、遠くに異動してしまうんですか?」という言葉だけだった。そして、彼は曖昧に笑ったまま……、「幸せになってね」と言った。

何も出来ず、中途半端な希望を残したまま未練がましく考えてしまう

きっと、もう会えないのならば、最後に告白してフラれてしまえばスッキリしたかもしれない。でも、現実は何も出来ず、中途半端な希望と絶望を残したままで未練がましく考えてしまう。もしかしたら、ほんの僅かでも希望が残っていたら……なんて淡い期待を抱いてしまう。

気持ちの整理をつけたくて、思い切って占い師に相談してみたけれど、「好きだった人には恋愛感情はなかった。恋愛という視点では見ていなかった」と言われてしまった。なのに、まだ忘れられない自分がいる。

なぜこんなに忘れられないのだろう……ずっと考えていた。性格が好き? 外見が好き? 年上だから頼り甲斐があった? 全部当てはまっているが、全部しっくりはこない……。

そんなモヤモヤした気持ちを抱えながらも日常は続く。私の日々は変わらない。

でも、ようやく気づいた。彼の存在が大きな支えになっていたこと。辛かった仕事も彼がいたから乗り越えられたこと。

そして、彼の仕事に対する姿勢に憧れて、本当に尊敬していたのだ……と。もしも、また会えるならお礼を言いたい。「出会えて良かったです。今までありがとうございました」と。