あれは今から8年前のこと。
中学3年の時、自分の学年から賞が設けられることになった合唱コンクール。どのクラスも本気で臨んだ。
音楽の授業やホームルームの時間を使って課題曲、伴奏者、指揮者を決める。課題曲は第三希望まで決められて、被るとジャンケンになる。教室へ戻ってきた学級委員は「負けました、ごめんなさい」と最初に一言。課題曲の中で伴奏も合唱も難易度が高い曲になったからだった。
責任重大なポジションだけど内気な性格を変えたくてソロパートに挙手
私のクラスの課題曲は四重奏でソロパートがある。ソプラノ、アルト、テノール、バス。
まずは自分ができるパートに手を挙げて人数調整。男子はすぐに決まってパートリーダーを決める段階に進んだが、女子はソプラノが多すぎて、ジャンケンになった。矯正して声が出しずらい私は、ソプラノからアルトに動きたくなかった。
最終的に私はアルトとしてパート分けされた。慣れない音域で、戸惑いながら声の出し方を掴んでいく。任されたからには本気で挑むしかなかった。
ソロパートは誰が歌うのか。男子は声変わりに不安を感じつつ、周りから推薦されて挙手してくれた。女子はいなければ自分がやるという姿勢を崩さない。このソロパートは、特に気を張っていなければいけないのだ。
ソプラノは2人すぐに決まって、私が手を挙げると同じタイミングで手を挙げた子がいた。後日、オーディションが行われることになった。
ソロパートに挙手したのは、私の中で心境の変化と新たな挑戦への意欲が湧いたからだった。責任重大で誰もやりたくないポジションだけれど、歌うのは凄く好き。内気で人見知りな性格を少しでも前向きな明るい性格に変えていきたいと、ソロパートに手を挙げた。
オーディションにはライバルが付き物で、挙手したからといって任される保証はない。
安定感抜群の子と、声量抜群の私。悩む先生の姿に落ちたと確信した
とある放課後。集められたのは私を含めて5人。まずはそれぞれで歌詞を歌って声量と音程の安定感を見る。
ソプラノ2名、各パート1名が歌い終わると、アルトのソロパートオーデションが始まる。
夏の暑さより緊張で背中に汗が伝う。先生には、もう一人の子が安定感抜群の音程。一方の私は、音程は外しているけれど、声量抜群。音程のズレが勿体ないと言われた。
「アルトソロパート2人が1人になれば美しいんだけどね、うーん。音程を取るか声量を取るか……」と悩む先生。声量が物足りないと言われた子は何度か歌うことになった。
私はその様子を見て、落ちたと確信した。 結果発表の時は、私たちアルト組は廊下に出された。音楽室の前で距離を取りながら先生と指揮者と伴奏者の話し合いが終わるのを待つ。
緊張感が漂う中、沈黙を破ったライバルであり仲間の彼女。
「お互い頑張ろうね」と話しかけてきた。その言葉に頷いて答える。
2、30分後。ドアが開いて再び中へ入った。
「えー、お待たせしたわね。3人で話し合った結果……更科さんにソロパートを任せることにしました。声量はやっぱり大事だから、音程に関してはしっかり修正のしがいがあると判断しました」
落ちると思っていたオーデション。ソロパートを任されることになった。治しがいのある音程の悪さの私が、ソロパート……。
「ありがとうございます」と一言告げて、これからの心構えが前向きになった。
思い切って踏み出して正解だった。学生時代で1番汗をかいた宝物
各クラスが本気で仕上げる毎日。クラス内でもぶつかり合うことが増えた。
クラスとしての一体感、声量のバランス。ソロパートがあるのは私のクラスだけというのもあり、どのクラスよりも気合いの入り方は違っていたと思う。
本番まで時間の合う時には、仲のいいクラスメイトとお互いに歌い合って、聴こえ方の意見交換をしていた。列に並んで隣で聴いている時に練習してからの方が安定していると言ってもらえて、自信に繋がった。
10月に迎えた本番。この日は通っていた塾の先生が2人来てくれた。
大勢の前で何かを披露するのは、本当に苦手。足元は震えて直前まで声が出せるかどうか不安に押しつぶされていたけれど、無事にソロパートを終えることが出来た。
結果は音楽の先生2名と校長先生が悩みすぎて眉間に皺が寄る時間が長く、発表までに時間を要した。
金賞、銀賞、銅賞とあって、最初に銅賞のクラスが呼ばれる。呼ばれた瞬間に飛んで喜ぶ他のクラスメイトたち。私のクラスは金賞まで呼ばれない。最後までドキドキしていたが、金賞も呼ばれなかった。
その後は全体的なコメントを校長先生から「どのクラスも本気で臨んでいるのが分かるくらい素晴らしかった」ともらう。音楽の先生たちは「レベルが高い。本当は全クラスに金賞をあげたい気持ちです。順位付けるのが心苦しかったです」と言っていた。
賞を逃したのは確かに悔しい。けれど、青春を謳歌できたという充実感があるのは賞を取るからではなく、どのくらい本気で向き合えるか、夢中で頑張れるかということになるだろう。
あの時、思い切って踏み出して正解だった。学生時代で1番汗をかいた青春の宝物だ。