服なんて、着られればよいと思っていた。
何を着ても、変わらないと思っていた。
服よりも、本の方が欲しかった。
これは、そんな私が初めて「この服を着た自分が好きだ」と思い、購入した黒いドレスのお話である。
目に留まった細身の黒いドレス。非日常的な服を試着したくなった私は
ずっと欲しかった本を買いに行こうとしたある日曜日、GUCCIの前を通りかかったら、シンプルで細身の黒いドレスがショーウインドーに飾られていた。
素敵だなあと思った。
思わずお店に入って、近づいてきた店員さんに訊ねてみると、コレクションに出したものだという。よく似たものがあるというので、出してもらって試着した。
たまに、こうして非日常的な服を試着してしまう。月収より高いワンピースとか、年収より高いコートとか。
「ぜひ買おう」と思って着ているわけでも、「絶対買わないぞ」と思って着ているわけでもなく、ただ、「ああ、この素敵な服を着たい」と思って着てしまう。
それはそれは素晴らしかったら、きっと買ってしまうんだけれど、でも着てみれば、それで結構満足だったりするのだ。
今回纏ったのは、シルクの薄いスリップドレスである。
シルクはストレッチ性がないから敬遠しがちな素材なのだけれど、このドレスは見事なカッティングの技で、身体に美しく沿ってくれた。
ドレスを着て鏡に映る私は、今までみた中で、いちばん美しかった
私は身体の線が美しく出るデザインの服が好きなのである。
思いきって胸元が深く開いた、けれども肉感的な雰囲気を持たない細身のドレス。生地に黒いレースが配してあるけれど、甘いところはなくて、とても冴えている。
私はいつも乳房を高くシャープな形に処理しているけど、このドレスには、きっとそのかたちは似合わない。ブラジャーは外して、身体の厚みを抑えてすらりと着たい。
合わせて靴も出してもらって、鏡の前に立った私はきれいだった。
普段から自分の容姿に自信がないわけではないけれど、このドレスと靴を身につけた私は、今まで見た自分の中で、いちばん美しかった。
魔法にかけられたシンデレラのようだと思った。
このドレスを着たら、きっと体温が低く見えるだろう。
ハンガーに引っかけるような感覚で、身体にこのワンピースを引っかけて、まっすぐに無造作に突っ立ってみたいと思った。
これを着て、すきなひとに会いに行きたいと思った。
だから、私は本の代わりに、この美しいドレスと靴を購入した。
書店へ行く代わりに、すきなひとに連絡をして、馴染みのバーでカクテルを飲み、夜の街を散歩した。
洋服を好きになるキッカケになったドレス。着たい服を着ればいい
このドレスのおかげで、私は洋服がとても好きになった。
自分を着せ替え人形のようにして、色々な服を着ることが、楽しいと思えるようになった。
ファッションは、「自分は誰かのための素材ではなく、自分自身のための素材なのだ」という意思の表明のように、私には思われる。
たまに「そんな露出の多い服やめたほうがいいよ!」とか「化粧なんて必要ないよ!」と言ってくる人もいるが、彼らの真意は別として、そんな意見に耳を傾ける必要はない。
服は、誰かのために着るものではないのだ。好きなものを着ればよい。
昔の私のように服に興味がないひとも、今の私のように好きなファッションがあるひとも、みんな着たい服を着ればよいのだ。
着たい服を着ている自分が、いちばん美しい。そう思うから。