特集:思い出の一着

結婚式の2次会用に買った紺のワンピース。もう私は人の目に怯えない

思い出の一着

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結婚式の2次会に招待されたとき、まず「着ていく服がない」と思った。
大学を卒業してすぐのことだ。卒業式後の謝恩会にも参加しなかったし、知り合いの結婚式に参列したこともなかったので、私はきちんとした洋服を持っていなかった。
フェアリーゴッドマザーを待っている間に結婚式の日はきてしまう。そうなったら当日、せめても綺麗めオフィスカジュアルで向かうしかなくなってしまう。
もちろんどんな服装であれ、祝福の気持ちさえあれば結婚式に参加してもいいはずだ。ましてや2次会だ。そんなにかしこまる必要はない。
しかし、私は思っていた。周りから絶対に浮きたくない。2次会のあいだ、良くも悪くも誰からも気にとめられない、穏やかな気持ちですごせるワンピースが欲しい。
そしてそれを一生着続けて、「着ていく服がない」と困ることのないようにしたい。私はチャリで駅ビルに向かった。

ずっと気になっていたお店に入り、気合を入れてドレスコーナーへ

駅ビルで洋服を買ったことはこれまでにもある。しかし、今日の私が向かうのは、いつもの普段着を買う5階や6階ではない。
駅のホームからまっすぐエスカレーターをあがり、すぐ。以前から気になっていた、私より少しだけ年齢層の高い女性向けの店。エレベーターに向かうたびに通り過ぎては、高価そうなワンピースや踵の細いハイヒール、スマホと口紅しか入らなさそうな小さなハンドバッグを憧れの気持ちで見ていた。
フロアの通路と店舗の床は同じ白色で、ひとつづきになっている。緊張しながら見えない境界をまたぎ、店内に足を踏み入れた。よし、と気合いをいれなおし、私はドレスコーナーへと向かった。
店の中でも奥まった一角に、布量の多いワンピースたちがかけられたラックがある。そのラックに向き合い、私はまず色味を確認する。左から、ピンク、クリーム、緑に紺。どれも彩度は淡めの、大人らしい落ち着いた色合いだ。
素敵すぎる。特に気に入ったのは紺のドレスだ。少し光沢のある生地にレースのプリーツスカートが重ねられている。ハンガーを手にとり、鏡の前で合わせてみると、丈の長さもちょうどいい気がした。くるぶしの上でレースが揺れる。

素人質問を店員さんに繰り出しながらも、見つけた紺のワンピース

「なにかお探しですか?」
感じの良い店員さんが声をかけてくる。私は再び身を固くした。私は衣料品店で店員さんに声をかけられるのが苦手だ。なぜなら、自分がダサいことが恥ずかしくなってくるからである。店員さんはオシャレで、清潔感があって、そうでない私はお店にも洋服にもそぐわない。それを誰かにジャッジされているような気分になって、いたたまれなくなってしまうのだ。
しかしよ。私は今度の2次会で、誰かにジャッジされないためにワンピースを買いに来たのだ。しかも、少し年齢層が高めのお店を選んで。私から繰り出される質問はまさに全てが素人質問、多少背伸びをしたふるまいであっても、店員さんはかつて自分も通った道だと微笑んで許してくれるだろう。という打算があった。
思惑どおり、店員さんは手際よく試着の準備をしてくれる。私は紺のワンピースを手に試着室へと入った。
背骨に重なった長いファスナーを首の根元まで閉める。少しキツい、が、肋骨が閉まって背筋が伸びた。鏡を見れば、いつもどおりの私がいた。けれど、その表情は心なしか明るい。やっぱり素敵なワンピースだった。
「いかがですか」とカーテンの外から声がかかったので、私は試着室から出て店員さんの意見を聞いた。「とてもお似合いです」「品が良いです」「色味もお似合いです」と褒めてくれて、セールストークだったとしても嬉しかった。
私は紺のワンピースを買った。2万円を払った。普段買っている服の10倍の値段だ。ショッパーを自転車カゴに入れてペダルを漕げば、風が髪をたなびかせて気持ちがよかった。

人にジャッジされないために買った服だけれど、とても気に入っている

結婚式当日、私はひとり暮らしの部屋でワンピースに袖を通した。腕を背中に回してファスナーを上げる。そんなにすぐに身体を絞ることはできなくて、布地の張った感覚は相変わらずだった。
ユニットバスの小さな洗面台に向かって、鏡を見る。いつもの私と同じで、ぜんぜん垢抜けていないし、お世辞にもとってもお洒落とはいえないけど、私にしてはきちんとしている。それはやはり“きちんとした”ワンピースを買ったおかげだった。
狭い1Kから続く短い廊下を抜ければ、スニーカーとつっかけサンダルでごったがえした玄関だ。私は靴棚から黒のエナメルパンプスをとりだし、埃をぬぐって、履いた。
目線が4センチ高くなる。母からもらった小さめのショルダーバッグを肩にかけ、慣れないヒールを踏みしめながら家の鍵を閉めた。これから電車に乗って、5駅隣にある町の会場へと向かう。
紺のワンピ―スを手に入れた私は、もう怯える必要がなかった。人にジャッジされないために買った服だったけれど、とても気に入っていた。それを着ている私のことも。
私のことは私がジャッジする。ドレスとヒールとバッグと私は、まとまりのない組み合わせかもしれなかったが、私はきちんとした人になって歩いた。歩くと長いレースの裾が揺れた。

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