2021年夏の衆院選。選択的夫婦別姓にもフォーカスされた。若者にもわかり易いメディアが増え、各候補者の考え方がよくわかるようになった。
その時に覚えたある違和感、「苗字が違えば家族としての意識が薄れる」。私はこの言葉で自分の存在がわからなくなった。誰なのか。誰だったのか。
その年の春、私は結婚し多くの人に呼ばれ、永らく親しんだ苗字から最愛の人と同じ苗字になった。新型コロナ病棟の中で、呼ばれ慣れない名前に戸惑う春だった。
私は母の姓で生まれ、やがて母が再婚した相手の姓になった
私は母子家庭に生まれ、育った。生まれた時から、血縁関係上の母と父に婚姻関係はない。
だから母の姓「山本(仮名)」で生まれ、保管されていた保育園からのお便りも山本で書かれていた。
私が2歳か3歳の時、母は再婚した。気づけば私は「山本」から「長谷川(仮名)」になっていた。
この時の記憶はなく、残されていた保育園からのお便りと酔った母の言葉からしか時期は推測できない。あぁ、ウェディングドレスに身を飾る母が羨ましくて大泣きしたっけ。
その数年後、母は長谷川と離婚した。もちろんこの時の記憶も今はもうない。気づいた時には、また親子2人。
どうもこの国の法律では、離婚した際に名乗る苗字が選べるらしい。母は長谷川のままでいることを選び、私が小学校に上がる頃には長谷川として生きていくようになっていた。
私の苗字は物心つく前からずっと、母が一度愛した人の苗字
私の苗字は、長谷川。物心つく前からずっと、長谷川。疑うこともなく長谷川で、何度も何度も呼ばれた。正直、習字で小さく書くのがすごく難しかった。
ずっと私は長谷川なのに、思い出せないのだ。母と別れた長谷川の顔、下の名前、職業、存在を。本当に同じ時を過ごしていたのだろうか。じゃあどうして、私のことを気にかけてくれないのだろうか。
高校生になるまでは母の仕事の都合で、家が近かった母方の祖父母である山本家で多くの時間を過ごした。長谷川とは誰の苗字なのか。ますますわからなくなる。
記憶にない、誰かの苗字。母が一度愛した人の苗字。でも、それは私を育ててくれた人でも、私に半分遺伝子をくれた人の苗字でもない。その人の苗字で約20年生きてきたのだ。
家族とは、苗字で繋がる存在なのだろうか。もちろん家系としての役割は重々承知している。それは置いておいて、の話だ。
家族というものは、勝手に手を繋ぎ合ってそれにグループ名をつけただけ
山本で生まれ、長谷川で育ち、今は別の苗字を名乗る私が考える、家族。家族というものは、勝手に手を繋ぎ合ってそれにグループ名をつけただけの話なのではないかなと思う。
部活みたいに、引退したとしても「俺サッカー部だよ」って言ってみたり、プリクラに「一生ともだち!」とか書いておきながらその中で仲間はずれがいたり。ただ、手を繋ぎ合っただけの存在。
グループ名を付けたところで、そんな繋がりは弱く、脆い。脆いから愛し合って助け合って維持しようとする。脆いから、同じ苗字を持っていても何も繋がることができない。
もちろん、私の血縁上の父親も彼は彼で、私も母も名乗ったことのない別の苗字を持ち生きている。
20歳の誕生日を区切りに連絡をしてくれなくなったけれど、それでも自分が母と思う人は苗字が違えど母であるし、自分が父と思う人は苗字が違えど父である。