ついに来た、と思った。
かがみよかがみでこのテーマを募集しているのを見た時、書きたいことはもう決まっていた。テーマが私に書くことを考えさせるのではなく、テーマのほうから私が『あのこと』について書くために訪れてくれたように感じた。
これは元彼に向けて書いたエッセイである。
振られた傷が癒えつつあった頃、元彼のサイトを見つけてしまった
一年半前、私は初めて付き合った人と別れた。
私は彼が大好きだったので、振られてからすぐは、まるでこの世の終わりのような日々だった。
失恋ソングを聴いて泣きまくったし、毎日のように友達と電話して話を聞いてもらったし、占いに行って復縁できるかも聞いたし、次の恋を見つけるために色んな男の人と会いまくったりもした。
だけど、時間が傷を少しずつ癒してくれた。
彼と別れて半年が経った頃には、次の恋に踏み出そうと前向きな気持ちになっていた。
あれは忘れもしない、一年前の春。
深夜、寝る前にSNSを見ていた私は、「知り合いかも?」に出てきたあるアカウントに目が留まった。
アイコンの雰囲気。IDに入っている数字。
それは、半年前に別れた元彼のものだった。
私の知らないアカウント。鍵がかかっていないので、見てしまった。
風景や花の写真。投稿日が最近だったから、彼も元気にしているのだと思った。
SNSのプロフィール欄に、文章投稿サイトのURLが貼られていた。
直感的に、このURLの先には良くないことが書いてあると思った。
指が震える。何が書いてあるのか、見るのが怖かった。
でも見ずにはいられない。心臓がバクバクして破裂しそうだったのを覚えている。
スマホに文章投稿サイトのページが表示される。
一番上に記事が固定されていて、サムネイルに私と行った場所の写真が使われている。
間違いない。この文章を書いたのは、私を振った元彼だった。
前に付き合っていた彼女への終わらない未練。続く気持ち悪い文章
固定された記事の最初の数行に、私のことが書いてあった。
「初めから終わりまで好きになれなかった」
月並みな表現だけど、治りかけていた傷口をドライバーで抉られた気持ちだった。
だけど、これで終わりではなかった。
エッセイの大半を占めていたのは、私の前に付き合っていた彼女との情事。
スクロールしてもスクロールしても、終わらない彼女への未練。
気持ち悪い文章だった。こんなに気持ち悪い文章は今まで読んだことがなかった。
自分に酔ってる感じが隠しきれていなくて、なんかもう残念だった。
私はこんな人を半年以上引きずっていたのか。
私の中で美化されていた彼の面影は音を立てて崩れた。
私が彼を引きずっている間、彼はせっせとエッセイを書いていた。
そして私は、もう二度と会えない過去の彼に片想いしていた。
私は彼の一部分しか見ていなかった。
駅の改札で待ち合わせしたあの日も。
毎日のように電話して笑い合ったあの日も。
別れた後に彼の家まで行って手紙を渡したあの日も。
彼の中では、この気持ち悪い文章に勝手に昇華されている。
目の前のスマホに表示されるのは、彼の書いた「エッセイ」。
知りたくなかったけど、知って良かった彼の一面。
いまでも読んでいる元彼のエッセイ。勝手に幸せになってくれ
初めて元彼のエッセイを読んだ日から、もうすぐ一年が経つ。
今も元彼のエッセイは更新されている。
そして元彼の書くエッセイを読むことを、私はまだやめられていない。
一周回って、いち読者として楽しんでいる自分がいるのだ。
そんなことを書いても、強がりだと思われてしまいそうだけど。
最近、彼に新しい彼女ができたらしい。
これは本音の本音で、彼には彼らしく生きていてほしいと思っている。
今の彼女と結婚できるといいね。
どこかで勝手に幸せになってくれ。
私が彼のエッセイを読んだ時、彼だと気づいたように、彼が私のエッセイを読んだ時には、私だと気づくだろうか。
私がこのエッセイを書いたのは、私の人生から彼の存在を完全に切り離したいからだ。
エッセイを書いている元彼に、このエッセイが届くことをちょっとだけ期待して。
さようなら。
ありがとう、エッセイ。