母子家庭で育った私は、コロナ禍をきっかけに弟と同時に実家を出た

家族3人で一緒に暮らしていたのは1年半前までのこと。全員が社会人になり、やっとの思いでオンボロの団地から引っ越し、市街地の3LDKのアパートで暮らしていた。

中学生の頃から母子家庭で育った。母には迷惑をかけたこともたくさんあったが、「中学を卒業したら全部自己責任」という家訓もあってか、自分の力で生きてきた感覚が強かった。
そんな家訓のおかげか、私達家族の関係は周りから見てちょっと変わっているらしい。弟と私は仲のいい兄弟だし、母との関係もいたって良好。ただ、お互いに「母」「子」という認識をあまり強くもっていないだけだ。

このコロナ禍、弟と同時期に家をでた。お互いに社会人であったし、私に関しては医療従事者。一般病棟の患者さんだけでなく、コロナ患者さんの対応もしなければいけない中、家族への感染も、家族からの感染も怖かった。
ただこれはキッカケにすぎなくて。単に自立したいと思ったし、一人になりたいと思うことが増えたからである。

私たちが出ていった後、突然母1人になったそこは閑散としていた。しかし、違和感を覚えるのに、そう時間はかからなかった。

家に知らない気配が増えて、私は「実家」と呼ぶのをやめた

嗅いだことのないタバコの匂いと、大きなサイズの靴や上着……母のベッドはダブルベッドになっていて、今まで料理なんてしなかったのにキッチンはやけに充実していた。

母が「居候」と呼ぶ人物と出会う時は案外あっさり来たが、チラっと目があっただけで特に言葉を交わさなかったし、交わしたいとは思わなかった。
多分、その時から無意識に嫌悪感を抱いていたのだと思う。

いつからか、そこを「実家」と呼ばなくなった。そもそも、ただの3LDKのアパートで、ただそこに血のつながった3人が暮らしていただけである。
働き始めて2年間、机を囲んで食事をしたことは手で数えられる程度。私たちはここに暮らしている時から「ルームシェア」と呼んでいたのだから、いまさら「実家」なんて呼ぶほうがおかしいものだ。

家族の形は一つじゃないから。私に「実家」は必要ない

ある日、ふと話の流れで、母の口から同居人が私と同じ歳だと聞いた。
「知りたくなかった」
自分の母親が、子供と同じ歳の人と付き合い、共に過ごし、同じベッドで寝ているのをイメージした時にそう思った。

しかし、どうだろう。母が父と離婚してから、母に自由な時間はあったか。心休まる時間はあったか。パートとアルバイトを掛け持ちし、その中で就活……。
母が疲弊していくことを知っていながら、当時の私は「母親らしいことをしてもらったことがない」と言うが、こんな状況で私が求める「母親らしいこと」とは一体何だったのだろう。

周りの家族と比較し、劣等感を感じ、それをぶつける相手もなく、私は一体、母に何をしてほしかったのだろう。これでよかったのではないだろうか。

母にはやっと自由に過ごせる時間ができて、心休まる相手と出会えた。それがたまたま私と同じ歳の人間であった。ただそれだけのことなのだから。

「知りたくなかった」のではなく「知ったところでどうでもよかった」のかもしれない。

私の家族はこれでいいのだ。
いろんな形の家族があるから。

私に実家なんてなくていい。