私には2年付き合って別れた元彼がいた。
2年前当時私には彼氏がおらず、同棲したばかりで浮かれている女友達とパスタを食べていた。
離婚して数ヶ月で彼氏を作り同棲までしている女友達に対して(早いな)と思いつつ、私は「彼氏いるの羨ましい」と言ってみたら「マッチングアプリやりなよ!」と言われ、その日の夜にアプリをダウンロードした。
プロフィールを入力し、真っ先にマッチングしたのが彼だった。
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何度かメッセージをやり取りし、通話をして、会った。
ちなみに彼は就労ビザで日本にやってきた台湾人で初対面の印象はホストみたいだった。
明るくて長めの茶髪に歌舞伎町にいそうな派手で黒い服を着ていて、日本人離れした細くて引き締まった長い足と、大きくて分厚い二重が印象的だった。
彼は元カノと別れたばかりで寂しかったのかその日に付き合いたいと言ってきて(生理的に無理じゃないし)と思った私はOKをし、それから2年間、彼は付き合ってから別れるまでの間一定の愛を注ぎ続けてくれた。
あまり恋愛経験がないので比較はできないけれど、恐らく恵まれた恋愛だったと思う。
両親に恵まれなかった彼は、母親のような愛情を私に求めてきて、子供が母親に今日あった事を聞かせるみたいに私に自分の事をたくさん話してくれて、私が何を言おうと何をしようと決して嫌うことはなく、むしろ愛情を深めていたように思う。
だけど彼には問題があって、それは脳に障害がある事だった。
彼は子供の頃交通事故にあい、台湾で脳外科に通っていて感情のコントロールが難しく興奮すると手がつけられないくらいの癇癪を起こした。
始めはなんとか落ち着かせようと必死だったけど段々負担になってきてデート中ショッピングモールで涙を流すほど辛くなってしまった。
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そうして付き合って2年記念日の日に私は別れてくださいと伝えた。
別れて1ヶ月が経ったある日、彼からお誘いがあった。
彼の台湾のお金持ちのお友達が手違いでホテルを予約してしまったらしく、1人で高級ホテルに泊まるとのことだった。
タダで都内の高級ホテルに泊まれるなら、と思い、私も行きたいと言った。
ホテルのロビーに着くと彼が迎えにきてくれた。
彼は白いふわふわしたニットを着てグレーのミニスカートを履いていた。
彼は付き合っている時からしばしば女装をしていて、髪も肩より少し長く、私よりも高い化粧品を使っていたし、私よりもたくさんの服を持っていた。
別に女装癖が原因で別れたわけではなく、私にとっては彼の趣味のうちの1つという感覚だったが、その日ホテルに一度荷物を預けて夜の新宿へ繰り出し、夜ご飯のつけ麺を食べている時、彼がおもむろにスマホを取り出し、ある写真を見せてきた。
そこには病院からもらった診断書の写真があり、性同一性障害、性自認が女性という文字があった。
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正直驚いた。私が付き合っていたのは女性だったのかと。
思わず笑ってしまった。
「女なのに私と付き合ってたの?」と聞いたら「レズビアンとして女が好きなんだ」と言われた。
彼はいわゆる日本の可愛い文化が好きでアイドルやアニメが好きなんだと思っていたけど、どうやら違っていたみたいだった。
それでも私と付き合っている間特に悩んでいる様子はなく、たまたま私と別れたことがきっかけで自分のしたい格好をすると決めたようだった。
なんだか不思議で、今まで付き合っていた彼氏が別れた後私のことをなんでも知っていて家族のように愛してくれる親友とも呼べない、かなり深い関係の女友達ができたようだった。
ホテルに帰って2人でコーヒーを飲んだ。
その時なんとなく門出という言葉が胸に浮かんできて、あぁこれは彼女にとっての門出なんだと思った。
彼は私と別れてから女性ホルモンの注射を打ったらしく、肌がきめ細やかになっていた。
まつげも繊細になっていて、少し女性的になっていた。
私は彼女が1人の女性として、人生を始められることを嬉しく思った。