結婚することになった。

1年前の私にこう伝えたら、なんと答えるだろうか。
驚く? 「冗談でしょう」と笑う? それとも、「お前、大丈夫なのか」と正気を疑われる?
そうしたら、肩を揺さぶる私の手を取って、こう言ってあげたい。
「もう、ひとりで頑張らなくても良いんだよ」と。

◎          ◎

思えば、この1年間は、全てがひどく目まぐるしかった。
1月に、転職先へ入社。
2月に、大学時代の恩師と演奏会。
3月には、小さなプロジェクトの責任者を任された。
4月には、ピアノのレッスンを再開した。
5月、6月と、上半期はあっという間に過ぎていった。
7月、恩師に人を紹介された。
正確に言うと、2月の演奏会で仲良くなった恩師の奥様から、「職場に合いそうな人がいる」と、話をもらったのだった。

良い人だったと思う。
趣味も合うし、奥様のお薦めしてくださった方だけある。
フルリモートで働く中、彼氏居ない歴も29年になったし、たとえ異性として見ることができなくても、とりあえずこの機会にお付き合いをしてみたほうが良いのかもしれない。
……でも、その前に、もう少しだけ、他の人と話をするチャンスを作っても良いんじゃないかな。
そう考えて、8月、マッチングアプリをダウンロードした。
そんなお盆明けのあの日、私の結婚相手となる「彼」から、「いいね」が届いたのだった。

◎          ◎

彼に「いいね」を返したのは、気まぐれに近かったのかもしれない。
ただ、彼の職業欄に、この世で最も尊敬する人と同じ職種が書いてあったから。
変に格好つけるわけでもない、人の良さそうな笑顔が、なんとなく安心できたから。

そうして実際に会った彼は、決して女性慣れしている感じではなかったけれど、
背の高い私よりも10cmも背が高く、穏やかで、優しくて、初対面の私に対しても、思いやりをもって接してくれる人だった。
何よりも、学問と真摯に向き合い続けるその姿勢が、努力を厭わず、好きなことをやっているだけだと言ってのける面映ゆげな微笑みが、とても眩しかった。
幸い、彼も私に好感を抱いてくれ、ほどなくして、私たちはお付き合いをはじめることになった。

思えば、がむしゃらに走ってきた人生だった。10代半ばで「ピアニスト」になるという淡い夢を諦め、ピアノに変わる「何か」を必死で探していた。
勉強も頑張ったし、友達もたくさんできたし、演奏目的ではなかったけれど、2度も留学を経験できた。紆余曲折あって大企業に就職し、夢を追って転職して、小さいながらも夢の一歩を実現した。そんな中でもピアノを弾き続け、憧れてやまない舞台上で、恩師と名を並べて演奏できた。

◎          ◎

たくさんの人に、支えてもらった。たくさんの人に、応援してもらった。その声を力に、走り続けられた。

そうやって立った夢舞台の上、私にできる全てを出し切ってピアノを弾いて、あぁ、私ひとりが頑張って見られる世界はここまでだと、そう感じた。

それは、研究者という孤高の職に就く彼も同じで。色々なものと戦いながら、たくさんの人に支えられながら、わたしたちはひとりでずっと、頑張ってきたのだ。
そんなわたしたちが一緒になることは、ただただ自然で、そうあるのが当然なことなのだ。

「アンタにベタ惚れだよね」と、彼に会った友人は皆そう言うが、たぶん、もう、ひとりで頑張らなくても良い、この人なら、一緒に手を繋いで歩いていけると、そう思っている私の方が、本当は彼にぞっこんなのだ。

そうやって、出会ってなんと半年で結婚を決めたわたしたちには、これからきっと、様々な困難が襲い来るのだろう。たくさん喧嘩をするだろう。つらくて、別々のベッドで声を押し殺して泣く夜もあるのかもしれない。それでも、理屈なんてなく、ただ彼がいい。ふたり一緒なら、きっと、新しい世界へと歩き出せる。

……なんて、そんなことを伝えたら、貴方はどんな顔をするのだろうか。きっといつものように、大いに照れて、顔をちょっと赤くして、「僕もだよ!」と言って抱きしめてくれるに違いないから。

だから、ずっとそばにいてください。そして、ひとりじゃなくて今度はふたりで、次のステージへと歩き出そう。