駅のロータリーはひどいありさまだった。雨でダイヤの乱れたバスが不規則になだれ込んできて、人を吐いてはまた人を飲み込んでいた。
バス停には行列ができており、傘がひしめき合っている。平日の夜だからか、心なしか行列にも元気がない。

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私も例にもれず帰りのバスの列に並んだものの、待てど暮らせどバスは来ない。列はのびるだけのびて幾度か折り返している。
痺れを切らし、列から離れてバスの時刻表を見に行くと、なんともう最終バスの時間を過ぎている。大雨で疲れ切ってみんな思考停止しているのだ。

「ねえあなたいま時刻表みた? まだバスある?」
並んでいた60歳ほどの赤リップの婦人に突然声をかけられた。
「この時間だとないみたいです。タクシー乗るしかないですね」
「やっぱりね! みんなずーっと並んでるのなんでなのかしら、おかしいと思ったのよ!」
「群衆心理ですかね」

私たち昔から知り合いでしたっけと思えるような距離感で話しかけてくるので、こちらもナチュラルに返してしまう。彼女はバッチリ化粧をしておりパワフルそのものだ。

「あんたタクシー乗るなら私と一緒に乗らない?」
急な誘いに思わず口ごもると、近くにいた別の婦人も話しかけてくる。
「タクシー乗ります!? 私も一緒にいいですか?」
派手な南国風の柄もののワンピースにたっぷりのこしのありそうなロングヘア。こちらも陽の気が強い女性だ。この二人がそろったらなんだか開運できそうなくらいである。
「いいじゃない! お嬢ちゃんもお姉さんもさ、乗りましょ!」

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お嬢ちゃん。この歳でそう呼ばれるとは思いもよらなかった。
年代としては三世代の家族かと思われそうだが、エネルギーにみちた彼女たちと、どこか覇気のない省エネの私は、どこからどう見ても血がつながっているようには見えないだろう。
少し話してみたら、3人とも家の最寄りのバス停も近く、3人の家のちょうど真ん中あたりのところで降ろしてもらうことになった。

呆気にとられるも、言われるがままにタクシーに乗り込む。ちなみに「お姉さん」と呼ばれていた彼女は、齢40ほどの女性である。
タクシーの運転手はまだ若い男性で、かしましい女たちがドカドカ乗り込んできたのであからさまに嫌そうな顔をしている。

ロータリーを出ると、雨のなかネオン街がギラギラとまたたいている。

「こっち近道なんでこの道入りますね」
そう言って運転手がウィンカーを出した。
「ちょっとアンタ!」
ギョッとして振り返ると、赤リップが鬼の形相になっていた。
「そっちの道は遠回りでしょ! アタシこのへんよく知ってるんだからね」
とんだ胆っ玉である。
「ったく本当油断も隙もないんだからさ」
ぼやく婦人に対して運転手が不愉快そうな顔をおり、助手席にいる私は気まずくて仕方ない。

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開運コンビはさっそく意気投合し、飲むのが好きだという話で盛り上がっている。
「よく遅くまで渋谷で飲み歩いてさ、義理のお母さんに怒られちゃって! あ、うち旦那の親と同居だったんですけどねえ」
ワンピースが言う。義母同居で飲み歩くその肝の据わりよう、羨ましい限りである。
二人がワイワイと騒いでいるのを聞いていたらあっという間に目的地まで辿り着いた。

「お嬢ちゃんは千円でいいよ」
私はお嬢ちゃんでもないし負担の割合も少なすぎてかなりまずいが、遠慮しても頑としてきかないので、ありがたく千円でまけてもらうことになった。お金の計算まで潔く気前がいい。かっこいい。

きっと家の近い彼女たち、もう会うこともないのかもしれないが、ヨレヨレの夜をパンチのある思い出に変えてくれた。
歳をとることが何より怖かった私も、こんなパワフルに年を重ねたいという新しい希望さえもらってしまった。