洗濯がとにかく嫌いだ。一番嫌いな家事と言っていい。洗濯とだけは仲良くなれない。

洗うのも干すのも畳むのもしまうのも、等しく嫌いだ。脱水して干すまでの時間に耐えられず、夜な夜な近所のコインランドリーに行くこともある。とにかく濡れた布が嫌いなのだ。

どうして衣類は、綺麗にするために一度びしょびしょに濡らさなければならないのか。

わかっている。洗濯機の中で水の渦を作り、洗剤を服の繊維の隙間に行き渡らせ、汚れを分解して落とす必要があることも、汚れた衣類は身体に悪いということも。

でもなぜ、濡れたものを洗濯ばさみに挟んだりハンガーにかけたりして、一人暮らしの手狭な私の部屋の至るところに吊り下げないといけないのか。

夏は部屋に匂いがこもる。冬は室温が下がる。デニムは乾かしづらく、靴下は失踪する。外に干すのは気が引ける。洗濯をするのが好きな人がいたら、なぜ好きなのか聞いてみたい。

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「それじゃあ一回で終わらないよ。二回に分けないと」

最近よく家に来るようになった彼は、洗濯機を覗くと当たり前のように言った。
洗濯が嫌いすぎて、嫌いな行為を分散させるという考えは私には一ミリもなかった。

向き合いたくないあまり、だいたい洗濯槽にぱんぱんに詰め込んだ状態までは回さない。本当に仕方なく洗濯をしているからだ。

「いいよ、回しちゃえば」

愛想なく答えると、彼は「それじゃあ綺麗にならないでしょ」と言って、てきぱきと洗濯槽の中に無理やり詰め込まれた服やタオルを半分取り出した。

あーあ。このまま干すところまでやってくれて、二回分回してくれればいいのに。自分の家の自分の洗濯物のことなのに、私は投げやりになっている。

そんなことを考えていたら、いつの間にか彼は本当に二回分の洗濯を回して、いつの間にか干し終わっていた。

そこで初めて自分の怠惰を感じた。同じ種類の靴下は隣同士に干してある。Tシャツは全てハンガーにかかっているし、長いタオルは床につかないようにUの字に四角を洗濯ばさみに挟んであった。

そこには、嫌いな割にこだわりのある私が、何ひとつ気にならないくらい綺麗な佇まいで干された洗濯物たちがあった。「ごめん。本当に全部やらせちゃった」さすがに申し訳なくなり言うと、 

「大丈夫、苦だと思わないから」

と、彼はけろっと言った。苦だと思わない。私がこんなに嫌いなことに対して、苦に思わない人がいる。不思議すぎる。この人は洗濯に歩み寄っている。偉い。

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一人暮らしも長いので、一通りの家事はできる。洗濯以外の家事に対しては達成感もある。

ただ漠然と、面倒だから、意味がわからないからという理由で洗濯を遠ざけていたが、世の中にはこんなに簡単そうに洗濯物を干す人がいるという事実があることに、私は驚いた。

おかげで明日も着るものがある。

私が料理や掃除を何の苦もなく、ましてやストレス解消のようにできるのと同じで、何の苦もなく洗濯ができる人がいる。

私は、わかろうとしていなかっただけなのかもしれない。洗濯のこと。でもやっぱり、そこまで好きにはなれないでいる。乾燥機付きの洗濯機が私の悩みを解決してくれるだろう。いつになるのか。