すごい人になりたい。自信を持ちたい。ずっとそんな思いがあった。
全国商業高等学校協会の検定を、九種目全て一級に合格する。それが私の目標だった。商業科以外の方はぴんと来ないだろう。この検定がどのレベルかというと、三種目以上合格で表彰される。内容は簿記やビジネスなどの商業科目から、情報処理、英語など多岐に渡る。私が通っていた商業高校では、創立から約90年、全種目合格者は一人もいなかった。
一人もいない、つまり私が全種目合格すれば、私が史上初になる。その事実は私を燃え上がらせた。とはいえ最初は全種目合格できると思っていなかった。ただのスローガンのようなもので、なるべく沢山合格したいな、くらいに思っていた。
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ところが四種目、五種目と合格するうちに、全種目合格の目標がだんだん現実味を帯びてきた。その頃から、全種目合格の目標を口に出すようになった。部活の顧問の先生が、テスト期間や学校行事を加味した検定受験スケジュールを立ててくれた。
そして高校三年生の秋、最後の一種目に見事合格し、史上初の偉業を達成した。全種目合格の先には、目標を成し遂げたという達成感があった。応援してくれた人達の笑顔があった。
だが逆に言うと、それしかなかった。漠然と、もっと大きなものが得られるという期待があったが、憧れの先にあったものは、その程度だった。そもそも私には自信がない。偉業を達成したからといって胸を張れる訳ではなく、「ただのダメな奴」から、「全種目合格したけど他はダメな奴」に若干昇格しただけだった。「上には上がいる」という気持ちは向上心に繋がっていたが、反面、何かを成し遂げた自分を否定する言葉になってしまっていた。憧れの先にあったものは、自信のないちっぽけな自分だった。
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高校卒業後、期待の新人として会社員になった。私から見たら周りの人達はみんな仕事ができて、すごい人に見えた。すごい人を目指して、ひたすら頑張った。
いくら頑張っても周りに追い付けず、自分だけが取り残されているような気がした。高校生の時の、偉業を達成した輝かしい自分とのギャップがどんどんできていくようで、日に日に苦しくなっていった。遂には鬱病を患い、休職するまでに至った。
休職期間中は、ひたすら自分と向き合う日々だった。
実際に行った手法は、「マインドフルネス・セルフコンパッション」というものだ。「マインドフルネス」は現状をありのままに受け止める、「セルフコンパッション」は自分に優しくする、ということだ。
カウンセラーに従い様々なトレーニングをしたが、私はそこにひと工夫加えてみた。自分の写真を見てみたのだ。そこにはどこにでもいる、ごく普通の女の子がいた。この女の子には、欠点ももちろんあるだろう。でもだからといって、「ダメな奴」と決めつけて、「こいつは不幸になれ!」と思うだろうか? 答えは、否。この女の子は幸せになっていい。それに気づいた時、自分を受け入れることができるようになった。今の私で充分じゃないか、と。
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大事なのは何かを成し遂げることではなく、今の自分を受け入れることだったのだ。ないものばかりに目を向けず、今あるものに目を向けるべきだったのだ。
自分を受け入れられるようになって初めて、高校生の自分に「すごいね、頑張ったね」と声をかけてあげることができた。
今の私は、「全種目合格したけど他はダメな奴」から、「ダメなところもあるけど、なんだかんだ良い奴」に大出世した。憧れの先の、さらにその先に、答えはあった。