私の好きなもの。音楽。ライブ。
とあるバンドにはまったことをきっかけに、私はライブハウスに通うようになった。特に大学生の頃は、アルバイト代のほとんどをライブのチケット代や遠征費に注ぎ込んでいた。ライブハウス、ホール、ドーム、県外だろうとお構いなしに、全国を飛び回っていた。

しかし、コロナ禍になって、あらゆるライブイベントが中止を余儀なくされた。エンターテインメント業界は、否応無く苦境に立たされた。得体の知れないウイルスは、いとも簡単に、私の最も大切な時間を奪っていった。

それでも人類は、生きることを諦めなかった。
だんだんと社会活動が再開していく中、ついに、一度延期になった、行く予定だったライブが開催されることになった。

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ライブ当日、私はそわそわしながら会場へ向かった。場所は、おそらく今までで一番多く通ったライブハウス。
古いビルの階段を上っていく。一段上がるごとに、私の胸は高鳴った。

入口のカウンターでチケットを確認し、ドリンク代を払う。このやりとりを今までに何度もしてきて、さすがに顔を覚えてしまったライブハウスの店長は、相変わらず少しだるそうにドリンクチケットをくれた。

薄暗いフロアに足を踏み入れた。懐かしい匂いがした。何も変わっていなかった。自分だけがタイムスリップしたみたいだった。
開演が近づくにつれて、どんどん人が集まってきた。隣の人との距離を保つため、床にテープで描かれた枠の中に、それぞれが静かに収まっていった。

会場で流れていたBGMの音量が上がる。始まりの合図。フロアは、歓声ではなく、割れんばかりの拍手で、アーティストを迎え入れた。

第一音目が鳴った。
目が眩むほどのライトに照らされたステージ。
全身に鳥肌が立つのがわかった。

先の見えない不安。死が迫ってくる恐怖。長引くほどに増していく絶望感。
ずっと私を覆っていたものが、一瞬で吹き飛んでいった。その代わりに、あたたかくて、眩しくて、キラキラしたものが私を包み込んだ。

一年ぶりのライブ。ずっと待ち侘びていたその瞬間を、会場にいる全員が、全身で味わっていた。
久しぶりに生きた心地がした。

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ライブを見ていたら、離れていた間に薄れてしまっていた記憶が蘇ってきた。
毎週のようにライブハウスに通っていたこと。流れで打ち上げに参加して、いろんな人と夜通しお酒を飲んだり話をしたこと。始発が走り出す頃、居酒屋を出て見た朝焼け。最高の音楽に出会えた時の衝撃と喜び。

忘れていたと思っていたが、細胞が覚えていた。それは若さゆえにちょっぴり痛くて恥ずかしい、だけどとても愛おしい時間だった。

いつもならもみくちゃになるフロアが、その日は終始綺麗に整列されたままだった。それぞれが枠線の中で飛び跳ねて、手を挙げて、体を揺らして、思い思いにライブを楽しんでいた。
その見慣れない光景はなんだか滑稽で、それでいて愛おしくて、最高にかっこよかった。

困難な状況下でも、歩みを止めなかったアーティスト。そんな彼らに支えられ、そして支え続けたオーディエンス。音楽を愛するすべての人達の居場所を、死に物狂いで守り抜いたライブハウス。音響や照明など、最高のライブを作り上げるために尽力した、たくさんのスタッフ。

あの日あの場所には、かっこいい人達しかいなかった。それが誇らしかった。気がつくと私は、爆音にまみれながら泣いていた。

あぁ、やっぱりライブハウスだ。私の居場所はここだ。自分と同じような人ばかりが集まる空間は、いつもちっぽけな自分を認めてくれる。
スモークと煙草の煙が充満した、お世辞にも綺麗とは言えないこの乱雑な空間こそ、私を私たらしめる場所だ。

トップギアで駆け抜けた時間は、あっという間に終わってしまった。ライブハウスの外に出ると、すっかり夜になっていた。いつもの道が、見慣れた景色が、頬を撫でる夜風すらも、輝いて見えた。
私は満たされていた。そして今、ここで生きている。

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コロナ禍になって、多くのアーティストがライブの生配信をしてくれたおかげで、家から出られない時期も音楽に触れられた。エンターテインメントを止めないために、必死に試行錯誤してくれてとてもありがたかった。
でも私は、ライブは五感で味わうものだと思っている。

ワクワクしながら家を出る。空気の匂い、音の振動。腹の底から湧き上がる高揚感。会場の大きさや人数関係なく、すべてがひとつになる瞬間を、目で、耳で、全神経を研ぎ澄ませて、全身で感じる。爆音のせいで起こる耳鳴りすら愛おしい。疲れているはずなのに興奮していて、重いようで軽い足取り。そのすべてを抱えて帰路につく。音が鳴り止むまでではない。家に帰るまでがライブなのだ。

エンターテインメントは、不要不急なんかじゃない。絶対に。

これから歳を取っても、どんな世界になっても、この足で、この体で、ライブに行こうと思う。
愛している人に、愛していると伝え続けようと思う。
それはきっと、何よりも大切で、大きな力を生むはずだから。