福岡で高校卒業までの10数年を過ごし、大学から上京した私は、今まで「ふるさと」である福岡にそこまでの思い入れはなかった。
しいていうなら、福岡県外でちょこっと博多弁(福岡県で主に使われる方言)を使えば老若男女問わずに「カワイイ!」と喜んでもらえるので、九州の外に居た方が私にはメリットがあった。
そんな私が「ふるさと、まだまだ捨てたもんじゃないな」と思えたエピソードを話そうと思う。

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大学生の頃に好きな男性アイドルグループがきっかけで、Twitterを介して仲良くなった女友達に「Mぴょん」という子がいる。
彼女は私と同時期に男性アイドルグループのファンを辞めたのだが、その後は地下アイドル(メディア露出の少ないアイドル)のファンになり、最終的にはホストクラブにどっぷりハマった子だ。

Mぴょんから私は「リサぴょん」と呼ばれているのだが、度々「リサぴょんもホストに一緒に行こうよ」と誘われていた。
2〜3年その誘いを断り続けていたのだが、某ファッション誌の占いコーナーに「(私が2月生まれなので)水瓶座さんは2023年は“不健康な夜の楽しさ”を味わうと吉」といった記述があったのだ。
その抽象的な暗示がホストクラブに対する私の好奇心を煽り、初めて二つ返事でMぴょんについて行くことにした。

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九州最大の繁華街・中洲。
“不健康な夜の楽しさ”を味わいたい人がキャバクラやホストクラブなど夜のお店を求めて集う場所として有名だ。

Mぴょんとホストクラブに行く当日。
煌びやかなネオンと街中を駆け巡る水商売の求人トラックの爆音が、私の恐怖心を膨らませた。
開店前からエレベーターホールには6〜7人の女の子達が並んで待っていた。
開店時間と同時に順番にエレベーターに乗り込む。
ホストクラブがある階に着くと、鳴り響くクラブミュージックに鏡張りのシックな廊下が続く。
Mぴょんは慣れた要領で「こっちは初回だから」と、受付に居る黒服に私のことを伝えた。
店内は廊下よりもさらに重低音の効いたクラブミュージックが流れ、薄暗さと白く光る店内装飾のアンニュイさが、私の好奇心を更に掻き立てた。

案内された席には、Mぴょんが数年懇意にしているホストのKくんが先についていた。
以前何度か写真で見せてもらっていたが、実物の方が数十倍イケメンで、正直驚いた。
私は初回利用で、特に気になる人がいるとかではなかったので、10分前後で1人ずつホストが回ってきた。
黒服から「好みのタイプはありますか?」と言われたが、過去に推してきた男性アイドルに共通点があったわけではなかったので、「とりあえず話しやすい人で」というオーダーをした。

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1人目に回ってきたのは、このホストクラブで最年少というZくん。
中高6年間女子校に通っていたこともあり、博多弁男子と話すのは、おそらく10年ぶりくらいの私。
「どんな人がタイプとかあるとー?」と言われ、「結構おじさんが好きっちゃんね」と笑いながら話す私に、「俺、結構中身がおじさんかもしれん〜!」と、博多弁でおどけて返答してくる無邪気さが、可愛らしくてキュンとした。
恐らく、このやりとりを関西弁や標準語でされてもキュンとこなかっただろうと振り返る。
地元の言葉を顔の良い男が喋ったからキュンとしたのだ。
「明日大阪に戻らなきゃいけなくて」という話をしたら、坊やのような眼差しで「次はいつ帰省すると?」と、また博多弁で言われた。
もちろん営業による発言だとは分かりながらも母性本能がくすぐられて、危うく翌日の飛行機をキャンセルしようかと思ってしまったほど。

その後は売上げランキングトップ10に入るホストが3人ほど来たので、Mぴょん曰く「当たりやったね!」とのことだった。
3者3様で全くタイプが異なるからこそ「だから売れるんだろうな」と思うポイントもそれぞれだった。
真面目な折り目正しい質問を投げかけて、アイスブレーキングを試みるホスト。
無邪気な子犬のように可愛らしい笑顔と特徴的な声で、ラフに会話を展開するホスト。
某俳優さんに似てるほど爽やかイケメンなんだけど、正直会話が一辺倒すぎたホスト。

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もちろん、惹かれるポイントは人それぞれだ。
途中で下ネタしか言わないホストが回って来た時、私の嫌悪感を察してナチュラルに会話に引き込んでくれたMぴょんの担当のKくん。
その後、テキトーにホスト同士の会話を聞き流していた私に、Kくんは「あ!リサぴょん、今話ちゃんと聞かんで“うんうん”って頷いたやろ!?」とイジってきたりして。
よく周りを見ているなと感心。
「こういう気遣いができる所もMぴょんは惹かれてるんだろうな」と納得した。

そろそろ入店から1時間が過ぎる頃。
受付で案内してくれた黒服が「送り指名をお選びください」と言いに、私たちの卓に来た。
Mぴょんは「リサぴょんどの人がよかったとー?」と聞いてきた。
私はホストから貰った名刺を10枚ほど並べ、1枚ずつ指差しながら「この人は真面目すぎた!」「この人は下ネタ言うけん、ナイ!」「この人はイケメンやった!」などと好き放題言った。

最終的に送り指名は、1人目についてくれた最年少のZくんを選ぶことにした。
Mぴょんは、私の歴代の“推し”と比較した上で「意外!」と言った。

Zくんも「俺を選んでくれたと!?」と驚いていた。
M-1とかキングオブコントとか、お笑いの祭典だと1組目の芸人は記憶が薄れてのちの結果に不利だったりするから、そういった意味でも驚いていたのではなかろうか。

帰り際、それぞれのホストがそれぞれの客のバッグを持って、エレベーターホールまでエスコートしてくれた。

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夢見心地な気分でお店をあとにした私たち。
“不健康な夜の楽しさ”を味わった上で、ラジオで話し手をする私は、話しやすさのテクニックを彼らから学ぶこともできた。
だが、それとは関係なしにこれから福岡に帰省する時の楽しみが増えた気がした。
「ふるさと」という生活感の中にある、非現実世界。

夜の中洲でホストから坊やのような眼差しで言われた「次はいつ帰省すると?」。
博多弁で問う姿に不覚にもキュンとした私。
ふるさと、まだまだ捨てたもんじゃないな。