ずっと捨てられないものは、大学時代のアルバイト先の後輩が所属していた、バンドのアルバムだ。
彼らのバンドは、地道なライブや営業活動を積極的に行い、インディーズで華々しい活躍をしていた。県内では、2大大学生バンドと呼ばれるまでに成長していた。
「ライブに来て欲しいなあ。今度来て下さいよ」と誘ってくれることもあった。だが、集客のためか、純粋にバンドの良さを伝えたいからかが分からず、ライブハウスには中々足を運べなかった。また、私はライブハウスに行った経験がなく、怖いイメージだった。
だが、興味はあった。キラキラした目で、ワクワクしながら自身のバンド愛を語る彼を見ると、一体どんなパフォーマンスをする集団なのか、気になっていた。
初めて行った後輩のライブ。彼の新しい一面が新鮮だった
私が大学とアルバイトを卒業する春に、再び彼からライブの誘いがあった。この機会を逃すと、バンドマンとしての彼の姿を見ることは今後叶わないだろうと思い、チケットの購入をした。バイト仲間もライブに行くと聞き、待ち合わせて一緒に参戦する約束をした。
当日、入口から入ってすぐのホールで物品販売があった。ファンと思われる女子達がグッズを見たり、ある男子と談笑している姿も目に入った。例の彼だった。「あ!来てくれたんですね、ありがとうございます」とお礼を言ってくれた。
せっかくなので、記念に何か買いたいなあと思い、彼らのミニアルバムを買った。彼らの収益への貢献もしたかった。「アルバム、買ってくれたんですか!ありがとうございます」と彼は喜んでくれた。
会場に入ると、同世代のファン、特に女子が沢山いた。イメージ通り、暗い場所で立って楽しむスタイルだった。
演奏の途中から、一緒に来てくれた男子に促されて前の方に行き、近くで演奏を聴いた。その場の雰囲気に圧倒され、私自身はノリノリにはなれなかった。
だが、普段アルバイト先で接する彼の、新たな一面が見られて新鮮だった。
彼らのバンドは、メジャーデビュー寸前で解散することになった
就職後、車を買い、ダッシュボードに彼らのアルバムを入れた。後日、バンドマンの彼や、一緒にライブに行った男子を含む4人でご飯会があった。
その時彼から「実はあと少しでバンドが解散するんです。解散ライブがあるので観に来てくれませんか」と言われた。彼らのバンドはメジャーデビュー寸前だったのもあり、非常に驚いた。「行く」と即答し、応援に行った。
彼らの駆け抜けた青春を応援していた身として、ラストライブは感慨深かった。会場いっぱいのファンや、最後まで楽しみつつ感謝を伝えていた彼らの姿は、眩しかった。
とても愛に包まれていた。もう2度と、彼らのバンド演奏を観ることができないなんて、信じがたかった。
バンドとして売れることは難しいだろう、と私なら挑戦する前に諦めてしまう。だが、彼は粘って仲間と夢を追い続けた。才能も実力も持ち合わせ、周囲からの評価も得た上での解散は、一ファンとしても悲しかった。
ラストライブ後、バンドは正式に解散し、それぞれが新たな夢に向かって歩き出した。彼はしばらく、やりきった思いと、やるせない気持ちが同居していたようだ。LINEのアイコンが、解散後もバンドのものだったからだ。
今は何をしているか分からない彼。青春と努力の結晶は私の側に
数年後、連絡先を整理する際に、誤って彼のも消去してしまったため、彼と連絡を取ることも、もう叶わない。
今どこで何をしているのか。新たな夢に向かって努力して、夢をいくつ叶えたのだろう。同じ空の下、繋がっていると信じて、彼が今、大学時代の経験を良き思い出として消化して糧にし、前向きに生きていてほしい。
私はたまに彼らのアルバムを取り出しては聴き、懐かしい気持ちを味わう。あの時は若かった。ライブハウスもバンドの実態も、大きい夢でも叶う可能性はあることを、教えてくれたのは彼だった。
彼らの努力と青春の結晶であるアルバムは、ずっと捨てずに側に置いておこう。