新しい名字がアイデンティティに。名字が私に馴染む過程も楽しみたい

1年と少し前、私は結婚した。
そして30年以上私という人間を形成する一角を担っていた名字が変わった。
仕事は特に寿退社をするでもなく、名字も旧姓のまま続ける選択をした。なぜ旧姓のままなのかと言うと、名刺や名札、名前シールの貼られたマグネット等、職場内の至る所に私の名前があるため、それらをわざわざ作り替えるのは手間だと思ったからだ。
それに職場内外へ名字が変わる旨の周知もしなければならない。周囲へ新しい名字で呼ぶことを強いることになるのもなんだか申し訳ないし、慣れていない新しい名字で急に呼ばれても私の方が反応できないかもしれない。
……と、旧姓のまま仕事を続ける理由を色々挙げてみたが、とどのつまり『気恥しい』ということが1番大きな理由である。
人にとって『名前は生まれて初めてもらうプレゼント』とも言われ、様々な意味や願いを込めて付けられることが多いだろうが、名前だけでなく名字の方も合わせてその人自身のアイデンティティを確立しているものだと私は思う。
特に職場では名字で呼ばれることしかないと言っても過言ではないし、病院等でも名前だけで呼ばれることはまずない。
そんな呼ばれ慣れてきた名字をある日を境に突然「今日から新しい名字で呼んでください」だなんて、とてもじゃないが私はどうにも気恥しさが勝ってしまい言えなかった。
私の旧姓を知っている環境の中では、旧姓での私こそが『みんなの知る私』であり、新しい名字の私は別の人物であるような感覚になっていたのだと思う。
まるで仮名を名乗っているような、そんなよそよそしさが気恥しさの正体なのではないかと考える。
給与明細等の書面上では新しい名字が記載されるようになったものの、表向きには結婚前と変わらぬまま過ごしていたため私の新しい名字を知らない同僚もいただろう。それはそれでよいと思っていた数ヶ月前、少し衝撃的な出来事が起きた。
職場の後輩が結婚し、職場でも新しい名字に変わることになったのだ。
後輩の名札やネームプレートは新しい名字となり、もちろん呼び方も新しい名字を呼ぶこととなった。最初の1ヶ月程はうっかり前の名字を呼んでしまうことがあったり、新しい名字を呼ぶときになぜかこちらが少し照れてしまうこともあったが、数ヶ月経った今ではもうすっかり馴染んだように思う。
──なんだ、呼んでいるうちに案外違和感なんて薄れていくじゃないか!私の抱いていた気恥しさは、杞憂に過ぎなかったのかもしれない!
それなら私も結婚と同時に新しい名字を名乗り始めても良かったのではないかとも思ったが、旧姓は旧姓で親しみもあるし新しい名字より字数が少なく呼びやすい。今の職場においてはこの判断で結果オーライだと思うことにしておこう。
そんな今の職場も退職することとなった。そして今までの私を誰も知らない次の職場では、新しい名字を名乗る予定である。最初は内心気恥しさが残るかもしれないが、違和感がなくなるまでにそう時間はいらないことを知ったから心配は無用だ。
結婚して新たな人生が動き始めた中で、新しい名字も私を私たらしめるアイデンティティとなるように。これから更に名字が私に馴染む過程も楽しんでいきたい。
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