私の名前の漢字には「木」という漢字が入っている。これは姉も同じだ。
この「木」という漢字が入っていることには意図がある。母の旧姓が「鈴木」だったからである。母は2人姉妹の長女だった。母と母の妹は2人とも嫁いで「鈴木」ではなくなった。鈴木家は母の代で終わってしまったのだ。
そこで母は、「鈴木」という名字が残せない代わりに、娘である私と姉に、鈴木の「木」という漢字を残したのだ。
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しかし、今度は今の名字が消えてしまう問題が発生した。夏目家も2人姉妹だったのだ。
私がまだ小学生だった頃、母は言った。
「男の子がほしかったな……」
何気なく言った言葉だと思う。でも、あの頃からずっと心に引っかかっていた。
単純に男の子がほしかったのかもしれない。けれど、そこには「夏目」という名字を残したいという意図があるようにも思えた。男の子がほしかったこと、そして名字がまたしても消えようとしていること、これは、私が男の子として生まれてこれば、問題にならなかったことだろう。
そう思うと、私が女で生まれてしまったことを悔やんだ。悔やんだところでどうしようもないが、母に不快な思いをさせてしまったとモヤモヤした。
私は、どうにかして母を満足させる方法がないかと考えた。女で生まれたことは変えようがない。でも、一つだけ、一つだけ変えられることがあると感じた。
それが名字だった。
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名字は必ずしも夫の名字にする必要はない。
だから私は、結婚する前に結婚相手の条件に私の名字にしてくれる人を加えた。
友だちや家族に結婚相手の理想を話すときは、「タバコとかギャンブルしない人で、優しい人かなー」と言ってきたけれど、私の中では名字は絶対条件だった。
付き合ってきた相手にも、私の名字にしてと、はっきり伝えたことはなかった。
いつ言おういつ言おうとは思っていたが、いきなりそんなことは言いづらい。それに、「私、自分の名字を残したい」なんて言ったら、相手も同じだと言われるのがオチだ。だから私は考えた。自分の名字を残すための理由を。
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「夏目」を継ぐためには、私が「夏目」を継ぐ覚悟を持たなければならない。
「夏目」を背負えるくらいの人にならなければならない。「夏目」と呼ばれることに意味がなければならない。
だから私は「夏目」でいられるようにあらゆる場所で「夏目」であるためのアピールをした。
非常勤講師になったことも塾講師を掛け持ちしたことも、モデルの仕事をするようになったことも、執筆活動をするようになったことも、「夏目」と呼ばれる回数を多くするため。
多く呼ばれるようになったら「夏目」を残せる気がした。こんなにも周りに「夏目」が浸透しているんだから、「夏目」を他の名字に変えづらいと言える。だから私は自分の名字を残したいと言える。「夏目」を消さずに済む。
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きっとこれは男性だったら結婚という流れだけで、自分の名字をそのまま引き継げることだったんだと思う。でも私は違う。女だから。
私は女だから結婚する前から、なんなら付き合っている時から名字を残すために考えて行動した。
結果的に、私は結婚して私の名字になった。
了承してくれた夫に感謝した。そして母を少しだけ満足させられた気がして安堵した。
でも、周りからは、理解のある旦那さんだね。よく向こうの家族は許してくれたね。羨ましい。夏目ちゃん夫婦は変わってるね。普通じゃない。夏目ちゃんって結構強引なところあるんだね。などと言われた。
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私の名字にすることってそんなにおかしいことなの?
結局私の中のモヤモヤは晴れなかった。それでも私は自分の名字になったことは良かったと思っている。周りがなんと言おうと。
これからも「夏目」であることに責任を持って私は生きる。
そして私は、女の名字にすることはおかしいことじゃないと自信をもって言っていきたい。